投稿日:2026.07.06
投稿日:2026.07.06

NEW

企業価値向上

ROIC経営・グループ管理会計

インタビュー

連載「資本コスト経営と向き合う」

【ニチレイ 経理・IR部門に聞く】ROIC経営の実践知― 20年の軌跡 | 前編:ROICを現場に浸透させた秘訣

ROIC経営の重要性が叫ばれる一方、「指標を導入したものの現場に浸透しない」「具体的な行動に結びつかない」という課題を抱える企業は少なくありません。そうした中、20年以上にわたり資本コストを意識した経営を実践し、独自の仕組みで現場への落とし込みを実現してきた企業があります。
本記事では、株式会社ニチレイ(以下、ニチレイ)の経理・IR部門の皆様に、アバントCOOの諸井伸吾が実務家の視点からお話を伺います。

前編では、ROICを現場へ浸透させるための取り組みをテーマに、簡易ROICの設計や現場レベルへの落とし込み方、そこに至るまでの挑戦の経緯についてお話しいただきます。

株式会社ニチレイ
1945年設立。本社、東京都中央区。食品事業(ニチレイフーズ)と低温物流事業(ニチレイロジグループ)を二本柱に、不動産・バイオサイエンスなどを展開する。冷凍食品で国内最大手、低温物流でも国内首位の規模を持つ。2005年に持株会社体制へ移行した。
連結売上高7,161億円、連結従業員数約17,700名(2026年3月期)。東証プライム上場、日経平均株価構成銘柄。


写真中央:IR部長 市川 俊氏
右:経理部・部長 宮腰 保志氏
左:経理部長 佐藤 康範氏

ニチレイグループにおけるROICの位置づけ

アバント・諸井 はじめにニチレイグループの概況をご説明いただけますか。

市川氏 当社は2025年に創立80周年の節目を迎え、これを契機にミッション・ビジョンを刷新しました。特に持株会社という視点では、2005年の分社化以降、各事業が独立して成長する“遠心力型”の経営を続けてきましたが、現在は大きな転機を迎えています。各事業の強みを生かしながら、シナジーを創出するフェーズに入っており、なかでも低温物流事業と食品事業のグループシナジーをどのように実現していくかが大きなテーマです。
ただし、目指しているのは事業の統合ではありません。それぞれの事業の特性や強みを活かしながら、グループ全体を横断的に捉えていくイメージです。

諸井 遠心力型から求心力型へ転換を図るのは、グループ経営における普遍的なテーマですね。
そのうえで、貴社ではROICを経営の中でどのように位置づけているのでしょうか。業績評価の指標として活用されているのか、あるいは経営判断や投資判断における基準として機能しているのか、お考えをお聞かせください。

市川氏 ROICは、業績管理と経営判断の両方を兼ねる指標として位置づけています。ただし、ROICだけが判断材料のすべてではありません。たとえば投資判断にはDCF法を用いていますし、営業利益やEPSなど、それぞれの目的に応じた指標もあわせて見ています。各部門ではそれぞれの役割に応じた指標があり、たとえばEPSのような財務指標については、財務部門が責任を持って管理しています。
ROICは資本効率を測るには優れた指標ですが、成長投資を積極的に進めるフェーズでは、営業利益から減価償却費の影響を除いたEBITDAのような指標もあわせて見なければ、投資に対して委縮してしまう恐れがあります。複数の指標を組み合わせながら、全体としてバランスを取ることを意識しています。なお、役員報酬にもROICを組み込むことで、自ずとこの指標を意識しやすい仕組みにしています。

諸井 役員報酬との連動は実効性が高いと感じますが、現場に近い各社員の皆様は、ROICそのものではなく、より身近な指標を観測しているのではありませんか。

佐藤氏 現場メンバーにとってのROICは、自身が管理する棚卸資産の回転率や売掛金の回収などが例として挙げられます。各自の業務レベルにまで分解されたKPIを通じて、いかにROICと連動させるかを考えて設計されています。

諸井 指標と行動をどう結びつけるかは、アバントでも常に模索しているところです。全社指標を自分の持ち場に落とし込むだけの仕組みを整えていらっしゃることが、貴社の大きな特徴だと感じます。

EVAからROIC経営にいたる20年の変遷

諸井 ROIC導入以前は、EVA的な指標を用いていたとお聞きしましたが、現在に至るまで、どのような変遷をたどってこられたのでしょうか。

市川氏 先ほどもお話ししたように2005年に分社化し、持株会社体制を敷いた際、スピード感を持って意思決定し、成長を加速させるために、各事業会社の判断力と実行力を重視してきました。すなわち「遠心力」を働かせるという方針です。
収益構造の異なる事業に対して共通の目標を設定するため、当初はEVAに似た指標としてREP(Retained Economic Profit:経済的獲得利益 )という独自の指標を導入し、資本コストを上回る利益がそれぞれの事業で出ているかを管理してきました。しかし、20年間運用しても現場にはなかなか浸透しませんでした。「上回っていればいい」で止まってしまい、具体的な行動に落ちないのです。

諸井 20年かかって浸透できなかったという挫折の体験があったことは存じ上げませんでした。かなり長期間になりますが、ずっと算出自体は続けていたのでしょうか。

宮腰氏 数字の算出は続けており、予算の策定にも使用してきました。したがってREPという指標を意識する社員は一定数存在していました。しかしROICと異なり、金額ベースの指標だったため、「プラスか、もしくはマイナスか」という判定しか存在せず、数値を改善する議論ができませんでした。また金額の比較では、事業規模の違いに対応できないため、事業同士を比べることもできません。結果としては「目標を上回っていれば合格」という状態が続いてしまいました。

諸井 そこからROICへの切り替えで何が変わったのでしょうか。

佐藤氏 金額から割合の比較に変えたことで他社との比較もしやすくなりましたし、施策に落とし込みやすくなりました。ROICは共通言語であり、社外に説明する時にも便利です。そして現場が「自分たちが何をすればROIC向上につながるのか」を考えられるようになった点が、EVA時代との最大の違いです。

簡易ROICは現場がコントロール可能な設計とする

諸井 事業別の簡易ROICをどう設計しているかをお聞かせください。

宮腰氏 国内ではCMSを導入しているため、事業会社の余剰資金は親会社が回収する仕組みになっています。そのため事業会社では、B/Sにおける有利子負債や資本を日々意識する必要がありません。一方、在庫や売掛金、買掛金、固定資産などは、日々の事業運営の中で現場が直接手を打てる領域です。
そこで、これらの資産項目と営業利益を組み合わせた簡易ROICを、内部管理用の指標として設計しています。対外的に開示しているROICとは算出方法が異なりますが、現場が自分たちの行動で動かせる数字を追求することで、納得感が生まれます。

諸井 事業会社がB/S予算を立てるプロセスは、実務的にはかなり難しいと想像されますがいかがでしょうか。

市川氏 棚卸資産や売掛金の回転については、各社が意志と責任を持って目標値を設定するようにしています。固定資産について、見込みとずれが生じやすいのは目をつぶるしかありませんが、それ以外の項目ではさほど差異は生じていません。目標値まで削減しなければならないという意識はかなり浸透しており、毎回の会議で「棚卸資産が今どれくらい予算を上回っているか」が必ず議題に上がります。

諸井 コントロール可能な指標で組み、B/Sまで予算化するという発想を導入の最初から設計されていたことが特筆すべき点だと感じます。実効性のある仕組みとして継続できている最大の要因ですね。

現場へROICを落とし込むための工夫

諸井 ROICを現場に浸透させる目的において、一般的にはROICツリーによる分解が推奨されることが多いですが、貴社ではいかがでしょうか。

宮腰氏 統一的なROICツリーは、採用していません。ツリー化すれば外見は整うものの、そもそも食品と低温物流では事業の構造がまったく異なります。その中で、同じフレームで無理に分解しても、ただ分解の精度を上げること自体が目的になってしまいます。重要なことはROICの向上ですから、当社では各事業が自らのROICを高めるために有効な項目を、各事業の経営企画部門が毎年設定しています。
たとえば、水産事業では利益率と在庫回転率を掛けた交差比率、低温物流事業では設備投資のリターン、加工食品事業では在庫回転率などがあります。これらを四半期ごとにモニタリングし、経営層が確認する仕組みになっています。

諸井 伸吾

コンサルティングファーム、ファンド、事業会社での経営企画や事業本部長、COOを経験し、2022年4月より企業経営に役立つ情報システムを探求し続けてきたアバントグループに参画。現在はアバントCOOとして戦略実現に取り組む。

諸井 KPIの設計においては、陥りやすいパターンがいくつかあります。たとえば、ツリーを網羅的に分解した結果、KPIの数が膨大になり、全体を把握しきれなくなるケースがあります。一方で、KPIを絞り過ぎてしまい、事業特性の違いを十分に反映できなくなるケースもあります。ニチレイでは、事業ごとに設定するKPIの数や粒度について、何らかのルールや考え方を設けているのでしょうか。

市川氏 特別なガイドラインを設けているわけではありません。ROICの目標水準は全体として提示しますが、その達成に向けたアプローチを定め、最上位のKPIを設定したうえで実行していくのは、各事業の責務になります。あらかじめ与えられたKPIをなぞるだけでは、形式的になってしまうと考えているためです。

諸井 自ら考えた指標と与えられた目標の違いですね。私たちもお客様との会話を通じて、現場への浸透度を分ける最大のポイントは、ここだと常々感じています。

佐藤氏 実際に成果も現れています。先述の水産事業では、交差比率が大きく改善しました。
水産品は特性上、大量の在庫を持たざるを得ませんが、現場がROICを意識するようになった結果、商品構成や在庫の持ち方が変わりました。ROICの他にも要因はいくつかありますが、取り組みの結果が数字として目に見えてきたのは確かです。その実感が、さらに意識を高めるという好循環に繋がっています。

まとめ

諸井 ここまでEVAからROICへの進化、簡易ROICの設計思想、そして事業ごとの落とし込みの工夫についてお聞きしました。各事業が自らROIC改善のためのKPIや施策を考える余地を残す――そうした設計が、20年にわたる実践を支えてきたのだと感じました。

後編では、分社化による遠心力の経営がもたらした成長と、再びグループとして求心力を高めていく中で、ROICがどのように共通言語として機能しているのか、さらに投資判断や投資家対話についてもお聞きします。

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

関連記事

メールマガジン

最新セミナーやダウンロード資料は、メルマガでお知らせしています