【明治ホールディングス・IR部長に聞く】「明治ROESG経営」の目指すものとは | 前編:ROESGの本質と組織浸透の効果
東証からの要請を契機として、多くの企業が資本コスト経営に取り組み始めています。そのような中、明治ホールディングス株式会社(以下、明治ホールディングス)では、東証からの要請以前から独自指標として「明治ROESG®※」を掲げ、ROEとESGの追求を経営計画の中核に据えてきました。なぜ既存の指標ではなく、独自指標が必要だと判断したのでしょうか。そして、新たな概念をどのように社内に根づかせてきたのでしょうか。
本記事では、明治ホールディングスIR部長の田中正司氏に、アバントグループCSO兼アバントCFOの諸井伸吾が、実務家の視点からお話を伺います。
■ 後編も併せてお読みください。
【明治ホールディングス・IR部長に聞く】「明治ROESG経営」の目指すものとは | 後編:ROICの実践課題と投資家との対話
※ 「ROESG」は一橋大学教授・伊藤邦雄氏が開発した経営指標で、同氏の商標です。
ROESG=ROE×ESGを経営指標として導入した理由
アバント・諸井 まず「明治ROESG」の定義と、導入の経緯について教えていただけますでしょうか。
田中氏 明治ROESGは、文字通りROEとESGスコアの達成度を用いて算出する指標です。明治ホールディングスでは最上位の経営指標として位置づけています。
導入当初は、MSCIやDJSIといった国際的なESG評価機関による複数の格付けに加え、「明治らしさ目標」という独自目標を組み合わせて運用していました。その後、投資家の皆様との対話を踏まえ、2023年度に、事業との結びつきをより強めるべくESG目標の構成を見直しました。
ただ、資本コスト経営が強く意識されるようになったのは比較的最近のことです。ヒット商品に恵まれ、利益水準が向上する中で、ROEが自然と高水準にあったため、それほど資本効率を意識する必要がなかったのです。
諸井 好業績は望ましいものの、課題に気づきにくくなるという側面もあります。
田中氏 そうですね。コロナ禍や原材料の高騰が重なったことで、ROEが低下してきました。そのタイミングで東証から資本コストに関する要請が出されたのですが、言われてみれば当たり前の考え方だと認識しました。株主からお預かりしている資本に対して、しっかりとリターンを出すのは当然の責務です。たまたま高い水準にあったから意識されていなかっただけで、取り組むべきことに変わりはありません。
「明治ROESG」を導入したのは2021年度からですが、当時の経営者が、伊藤邦雄氏の提唱するROESGの考え方に強く共感していました。背景には、P/L中心の経営から資本効率を意識した経営への転換が必要だという課題意識がありました。加えて、サステナビリティに対する社内の意識がまだ十分ではなかったことへの危機感も芽生えていました。

田中 正司氏
明治ホールディングス株式会社 IR部長
1995年、明治製菓株式会社に入社。支店での菓子営業を経て、本社にて菓子事業の流通政策や商品政策、収支管理などを担当。2017年より明治ホールディングスに移りIRを担当。
ROEとESGを両立させるチャレンジ

諸井 伸吾
コンサルティングファーム、ファンド、事業会社での経営企画や事業本部長、COOを経験し、2022年4月より企業経営に役立つ情報システムを探求し続けてきたアバントグループに参画。現在はアバントグループCSO/IR室長、アバントCFO/取締役として戦略実現に取り組む。
諸井 ROEとESGは二律背反になりやすいという指摘もあります。この点についてはどのようにお考えですか。
田中氏 まさにその点が設計上の核心です。サステナビリティへの取り組みが利益を圧迫するのではないかという懸念があれば、取り組みは長続きしません。本質的なESGは資本コストを抑えるために重要であり、リスクマネジメントやコーポレートガバナンス強化をもたらします。すなわち、ESGへの取り組みは、企業にとって費用や工数がかかるだけの存在ではなく、むしろ価値創造につながるものだと考えています。
明治ROESGは、3カ年平均のROEに、五つのESG項目の達成度に応じた指数を掛け合わせる構造になっています。ESGの項目をすべて達成すれば指数は1.2となり、ROEとESGの両方を高めなければ全体のスコアが向上しない設計となっている点が特徴です。
諸井 ROEを「稼ぐ力」、ESGを「リスク低減と将来の成長期待」と捉えれば、PBRの向上フレームワークとしても整理できますね。
田中氏 その通りです。ROEがPBRの土台となる収益力を示し、ESGの取り組みがPERの改善に寄与するという説明は、投資家にも理解しやすいものになっているのではないかと思います。
サステナビリティに対する社内意識は明確に向上した
諸井 指標を掲げるだけで終わりでなく、組織体制も見直されました。このねらいを解説していただけますか。
田中氏 従来、サステナビリティの担当部門は、事業会社ごとに分散して設置されていました。しかし、それでは事業の論理が優先されがちなため、ホールディングスにサステナビリティ部門を集約し、グループ全体で推進する体制に改めました。これによりサステナビリティに対する関心は着実に高まりました。
体系的に学べるeラーニング環境が整備され、社員参加型のイベントも定期的に開催しています。福祉関係の方々を招いたり、環境への取り組みを紹介するブースを設けるなど、総合的に学べる場をつくっています。
諸井 社内の意識が変化したと手応えを感じた象徴的な事例はありますか。
田中氏 事業会社から自発的にサステナビリティ関連の提案が出てくるようになったのは明確な進化です。
たとえば、菓子製造に欠かせないカカオは種の中身の部分(カカオニブ)しか使われず、種の外皮(カカオハスク)などは長く廃棄されてきましたが、現在はこれらをアップサイクルして活用するさまざまな取り組みが進んでいます。
他の企業とのコラボレーションによる商品化といった動きも、以前なら現場からそのような発案が次々と出されることなど想像できませんでした。
西アフリカの産地では「メイジ・カカオ・サポート」として、栽培方法の改善指導や収量を上げる発酵技術の共有、さらにはインフラ支援にも取り組んでいます。支援するだけでなく、現地の収益向上につながる関係の構築を目指しています。最終的にはエシカル消費につなげていくことが目標です。
KPIの設計と評価制度による社内への浸透
諸井 社内の評価制度と明治ROESGの関連性についてお聞かせください。
田中氏 まず役員については、明治ROESGの達成度と株式報酬が直接的に連動します。自身の担当領域に加えて、グループ全体の視点で経営に取り組むことが促されるように設計されているのです。次に、事業本部長レベルは事業ごとのROICに対する責任を負います。それ以下の管理職は、自身の責任範囲内で個別にKPIを設定する仕組みです。
営業部門であれば、利益だけでなく在庫削減や需要予測の精度向上など、資産効率に関わる目標の設定が奨励されている点も特徴的だと言えるでしょう。
諸井 P/Lだけでなく、B/Sにも関心を寄せるように設計されているのですね。課題についてはいかがでしょうか。
田中氏 持株会社の構造上、グループ全体のROEをそのまま事業会社に展開することはできません。ROICに分解して落とし込む必要がありますが、カテゴリーレベルまで展開すると有効なポイントが事業によって異なるという点も障壁になっています。
昨年度から人事制度が改定され、相対評価から絶対評価へと移行しました。成果をより厳格に問う評価軸へと変わりつつあり、各自が責任範囲においてP/LとB/Sの両面で目標を持つという意識は、確実に広がってきているのではないかと思います。
諸井 ここまで、資本効率の課題に向き合う中で、独自指標「明治ROESG」を経営の中核に据えた出発点についてお話しいただきました。また、組織体制や評価制度の見直しを通じて、現場への浸透や意識改革をどのように進めてきたか、そのプロセスについても詳しく伺いました。
後編では、投資判断における財務規律のバランスや、投資家との対話における工夫などについて、お話しいただきます。
■ 後編も併せてお読みください。
【明治ホールディングス・IR部長に聞く】「明治ROESG経営」の目指すものとは | 後編:ROICの実践課題と投資家との対話
