投稿日:2026.06.16
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企業価値向上

連載「資本コスト経営と向き合う」

CFOとして求められる役割(4) 資本市場に届くストーリーとは何か―「伝える」前に、戦略を実体化する

本シリーズ「CFOとして求められる役割」では、これまで3回にわたり、企業価値向上を担うCFOの役割について考えてきました。
第1回では、CFOの役割が「守り」から「価値創造の司令塔」へ広がっていることを述べました。第2回では、抽象的な戦略をKPI構造へと翻訳し、現場との対話を深める力について取り上げました。第3回では、不確実性の高い環境下において、軌道修正(モニタリング)と資本配分(キャピタルアロケーション)を連動させ、意思決定を継続的にアップデートしていくことの重要性を整理しました。

そして前回(第3回)の最後に、最終回となる今回は「社内で磨き込まれた戦略と意思決定を、資本市場へどのように届けていくか」をテーマに取り上げるとお伝えしました。
実際、CFOには、企業価値向上のストーリーを投資家へ伝える役割があります。社内の意思決定を支えるだけでなく、その意思決定がどのように将来の価値創造につながるのかを資本市場に説明することは、CFOに求められる重要な責務の一つです。しかし、本稿を執筆するにあたり、私はその前に考えるべき問いがあるのではないかと感じました。それは、「資本市場に届けるべき“ストーリー”とは、そもそも何なのか」という問いです。

単に分かりやすく語ること、魅力的な将来像を描くこと、見栄えの良い資料を作ること。これらはいずれも投資家との対話において重要です。しかし、それだけでは十分ではありません。
資本市場に本当に届くストーリーとは、社内で実際に意思決定が行われ、資源配分が変わり、現場の行動が変わり、その結果として事業が変化していくプロセスと接続されている必要があります。つまり、CFOが資本市場に伝えるべきものは、単なる「物語」ではなく、企業価値創造のロジックであり、そのロジックが社内で実際に動いているという確からしさなのだと思います。

そこで今回は、当初予告していた「資本市場への伝え方」から一歩手前に戻り、資本市場に伝えるに足るストーリーを、CFOはどのように社内で実体化していくのか――その点について考えてみたいと思います。

ストーリーは、語る前に実体化されていなければならない

投資家向けの説明において、「ストーリー」は非常に重要です。
企業がどの市場で成長しようとしているのか。どのような競争優位を築こうとしているのか。どの領域に資本を投下し、どのように収益性を高めていくのか。その結果として、どのように企業価値が向上していくのか。こうした一連の流れが見えなければ、投資家は企業の将来を評価することができません。

ただし、ここで注意しなければならないのは、ストーリーが「説明の技術」だけで成立するわけではないということです。
社内での意思決定が伴っていないストーリーは、いずれ説得力を失います。現場の行動と結びついていないストーリーは、業績に反映されません。資本配分と接続されていないストーリーは、経営の本気度として伝わりません。

投資家は、言葉だけを見ているわけではありません。語られた戦略が、実際に経営の優先順位を変えているのか。資源配分に反映されているのか。KPIとして追われているのか。モニタリングを通じて修正されているのか。そうした「実体」を見ています。

したがって、CFOが担うべき役割は、ストーリーを上手に語ることだけではありません。むしろ重要なのは、語る前に、そのストーリーを社内の意思決定プロセスとして実体化することです。

資本市場は「結果」だけでなく「意思決定の質」を見ている

企業価値は、最終的には将来キャッシュフローと資本コストに対する市場の評価によって決まります。その意味では、投資家が見ているのは足元の業績だけではありません。
その会社が、どれだけ質の高い意思決定を継続できるのか。環境変化に応じて、資源配分を見直せるのか。成長投資と財務健全性をどう両立させるのか。自社の競争優位をどのように強化しようとしているのか。こうした点が、中長期的な信頼に大きく影響します。

もちろん、結果は重要です。しかし、単年度の結果だけで企業の価値創造力を判断することはできません。特に不確実性の高い環境では、当初の計画通りに進まないことは当然あります。
重要なのは、そのときに経営が何を見て、どのように判断し、どのように軌道修正したのかです。ここに、CFOが資本市場に対して伝えるべき本質があります。「この会社は、環境変化に対して意思決定を更新できる会社である」そう投資家に理解してもらうことができれば、短期的な変動があっても、中長期の信頼は揺らぎにくくなります。そのためには、社内においても、意思決定の質を高める仕組みが必要です。

予算と実績の差異を確認するだけでなく、前提条件の変化を捉える。KPIの変動を、単なる達成・未達ではなく、次の打ち手を考える材料にする。資本配分を一度決めて終わりにせず、モニタリングを通じて見直し続ける。こうした経営管理の仕組みこそが、資本市場に対するストーリーの土台になります。

「戦略」は、追いかける指標に表れる

資本市場に対して戦略を語るとき、私たちはつい大きな言葉を使いがちです。成長市場への注力。高付加価値化。収益性の向上。企業価値経営の実現。いずれも重要な言葉です。

しかし、投資家にとっても、社員にとっても、本当に知りたいのはその先です。その戦略を実現するために、会社は何を追いかけているのか。どの指標を重視しているのか。どの指標が変われば、戦略が前に進んでいると言えるのか。

戦略は、最終的には「追いかける指標」に表れます。ただし、これは単にKPIを増やせばよいという話ではありません。指標は、組織の関心を集め、現場の行動を変え、経営会議での議論の焦点を決めます。だからこそ、どの指標を追うかは、戦略そのものです。
同時に、指標には危うさもあります。抽象的すぎる指標は、組織を動かしません。一方で、具体的すぎる指標は、時に部分最適を生みます。
重要なのは、指標を固定的な正解として扱うことではありません。その指標が、本当に顧客価値や企業価値の創造につながっているのか。現場がコントロール可能なものになっているのか。短期的な改善のために、中長期の価値を損なっていないか。こうした問いを持ち続けることです。

資本市場に対しても、単にKPIの進捗を説明するだけでは不十分です。
なぜそのKPIを重視しているのか。そのKPIはどのような価値創造ロジックの中に位置づけられているのか。進捗を見ながら、どのように意思決定を更新しているのか。ここまで説明できて初めて、KPIは投資家との対話における共通言語になります。

CFOは、社内と資本市場の「二つの翻訳」を担う

CFOの役割を考えるうえで、私は「翻訳」という言葉が非常に重要だと考えています。ただし、CFOが担う翻訳は一つではありません。

一つ目は、社内に向けた翻訳です。
企業価値向上、資本効率、成長投資、PBR、ROEといった抽象度の高い経営テーマを、現場が理解し、行動できる言葉へ翻訳する。
どの顧客に向き合うのか。どのサービスを伸ばすのか。どの活動を増やし、どの活動をやめるのか。どのKPIを見ながら、日々の意思決定を行うのか。
ここまで落とし込まれて初めて、戦略は現場で動き始めます。

二つ目は、資本市場に向けた翻訳です。
現場で起きている変化や、社内で行われている意思決定を、投資家が理解できる企業価値向上の言葉へ翻訳する。
なぜその投資を行うのか。なぜその領域に資源を集中するのか。なぜ短期的な利益よりも中長期の成長を優先するのか。あるいは、なぜ今は財務健全性や収益性を重視するのか。
こうした判断の背景を、資本市場の言語で説明することが求められます。

社内向けの翻訳と、資本市場向けの翻訳。この二つは別々のものではありません。社内で実際に動いていないものは、資本市場に対して説得力を持って語れません。
一方で、資本市場に対して語れない戦略は、社内でも十分に構造化されていない可能性があります。だからこそ、CFOは二つの翻訳を行き来しながら、戦略の解像度を高めていく必要があります。

「伝わらない」のではなく、「伝えるに足る構造になっているか」

IRの現場では、「自社の価値が市場に十分に伝わっていない」という問題意識が語られることがあります。もちろん、伝え方の工夫は必要です。
事業の特徴を分かりやすく説明する。市場機会を定量的に示す。財務指標と非財務指標のつながりを整理する。投資家が理解しやすい時間軸で、成長ストーリーを示す。これらはすべて重要です。

しかし、CFOはそこで立ち止まってはいけないと思います。「市場が理解してくれない」と考える前に、問うべきことがあります。
自社の戦略は、十分に構造化されているのか。投資家に説明できるほど、資源配分の優先順位は明確か。追いかけるべき指標は、価値創造ロジックとつながっているか。進捗が想定と異なる場合に、意思決定を更新する仕組みはあるか。
つまり、問題は「伝わらない」ことだけではありません。そもそも「伝えるに足る構造」になっているかどうかです。この問いを社内に持ち帰り、経営の仕組みを磨いていくことが、CFOに求められる役割だと思います。

資本市場との対話は、社外への発信であると同時に、社内の経営を磨く鏡でもあります。投資家からの問いは、ときに厳しいものです。しかし、その問いに向き合うことで、自社の戦略の曖昧さ、指標構造の弱さ、資本配分の優先順位の不明確さが浮かび上がります。それを防衛的に受け止めるのではなく、経営を進化させる材料として活かす。この姿勢が、CFOには必要だと考えています。

最後に― CFOとは、物語を「翻訳」し、実体化する存在である

前回(第3回)、最終回では「物語の翻訳者」としてのCFOについて整理するとお伝えしました。今回、改めて考えた結果、その言葉の意味を捉え直すことになりました。
CFOは、単に企業価値向上の物語を資本市場に向けて語る存在ではありません。

  • 経営の意思を、現場が動ける指標とアクションへ翻訳する

    現場の活動や社内の意思決定を、資本市場が理解できる価値創造のロジックへ翻訳する

    資本市場からの問いを、社内の戦略や資源配分を磨くための問いへ翻訳する

この三つの翻訳を通じて、物語を単なる言葉ではなく、企業の中で実際に動く仕組みへ変えていく。それが、これからのCFOに求められる役割なのだと思います。
ストーリーは、語るためにあるのではありません。組織を動かし、意思決定を変え、資源配分を変え、企業価値を高めるためにあります。資本市場に届くストーリーとは、社内で実体化されたストーリーです。そして、その実体化を支えるのが、CFOの責務です。

本シリーズでは、CFOの役割を「価値創造の司令塔」「戦略の翻訳者」「意思決定を更新する存在」として考えてきました。最終回で私がたどり着いたのは、CFOとは、社内と資本市場の間で物語を翻訳するだけでなく、その物語が現実に動いている状態をつくる存在だということです。
不確実性が高まり、企業価値経営への期待が高まる時代だからこそ、CFOには、数字を説明する力だけでなく、数字の背後にある意思決定の質を高め続ける力が求められます。
本シリーズが、CFOや経営管理部門に携わる皆さまにとって、自らの役割を改めて考えるきっかけになれば幸いです。

本稿の執筆者

諸井 伸吾
コンサルティングファーム、ファンド、事業会社での経営企画や事業本部長、COOを経験し、2022年4月より企業経営に役立つ情報システムを探求し続けてきたアバントグループに参画。
現在はアバントグループCSO/IR室長、アバントCFO/取締役、VISTA取締役として戦略実現に取り組む。

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

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