投稿日:2026.09.10
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企業価値向上

連載「資本コスト経営と向き合う」

AI時代の経営判断 | 前編:自動化が進むほど、人が引き受ける判断の価値は上がる

経営管理の現場が、いま大きな変革期を迎えています。データの収集・集計の自動化に加え、AIによる予測・分析、生成AIによるレポート作成やシナリオ検討の支援など、これまで人が多くの時間とリソースを費やしてきた業務において、AIの活用が急速に広がっているからです。この変化は極めて歓迎すべきものです。しかし一方で、私はここで一度立ち止まって考えたいと思っています。自動化が進めば進むほど、「では、人は何を担うのか」という問いが、これまで以上に重く経営に突きつけられるからです。
AIが多くの作業を引き受ける時代に、経営が最終的に引き受けるべき「判断」とは何か――。今回は前後編にわたってこの問いを紐解きます。前編では、AIによって経営管理の「高度化」の意味そのものがどう変わるのか、その本質を改めて考えます。

AIが変えているのは「作業」ではなく「意思決定の前提」

まず、AIが財務・経営管理の現場にもたらしている変化を整理したいと思います。AIは、売上予測や月次決算など、これまで人が多くの時間を費やしてきた業務に活用できます。こうした業務にAIを取り入れることで、予測精度の向上や業務プロセスの効率化が期待されます。経理・財務部門では、定型的な集計やレポート作成を効率化し、そこで生まれたリソースを、より付加価値の高い業務に振り向けることが可能になります。

この変化は、今後さらに先へ進みます。近い将来、AIが業務をリアルタイムで実行・監視するようになれば、これまで両立が難しかった「精度を上げようとすればスピードが落ちる」「深い洞察を得ようとすれば多大なコストがかかる」というトレードオフを緩和できる可能性があります。経営管理は「過去を振り返り記録する」役割を担いつつ、「未来を予測し、先に手を打つための意思決定支援」へと、さらに重心を移していくでしょう。

ここで見落としてはならないのは、AIが変えているのは単なる「作業の速さ」ではなく「意思決定の前提」そのものである点です。
AIの活用によって予測や分析にかかる時間が短くなり精微になるということは、意思決定に持ち込める判断材料の質と量が根本から変わることを意味します。これまで「時間がないから単一のシナリオで決めざるを得なかった」ものが、常に複数のシナリオを手元に置いた状態で判断できるようになる。「月半ばにしか出なかった実績」が、締めの翌日に揃う。つまりAIは、経営が判断に向き合う「土俵」そのものを変えているのです。

「経営管理の高度化」=「分析の高度化」という誤解

だからこそ、私たちは一つの大きな誤解に注意しなければなりません。それは、AIによる「経営管理の高度化」を、「分析の高度化(分析ツールの高度化)」と同義で捉えてしまうことです。
ここで問うべきは、「AIで分析を高度化できたか」ではありません。「その分析によって、経営の意思決定が実際に前へ進んだか」です。どれほど精緻で複雑な分析であっても、それが具体的な経営判断に繋がらなければ、直接的な企業価値創造につながりにくいと言えます。

実際、データを見てもこの構造的な課題が浮かび上がります。
KPMGが実施した「KPMG Japan CFO Survey 2025/26」では、CFO管掌業務領域でDXの成果を享受している企業は約3分の1にとどまっています。その内訳を見ると、「一部でDXが進んでおり、主に業務の効率化で成果が出ている」との回答が22%であるのに対し、「一部でDXが進んでおり、主にデータ活用による意思決定の高度化で成果が出ている」は7%、業務効率化と意思決定の高度化の双方で成果が見られる企業は2%となっています。つまり、DXの成果が意思決定の高度化にまで及んでいる企業は、まだ1割に満たないのです。

私は、これは単なる「取り組みの遅れ」ではなく、「構造的に動けない壁」が存在していることの表れだと考えています。その背景にあるのは〈時間の壁・データの壁・人材の壁〉という3つのハードルです。単に新しい分析ツールを一つ導入したところで、こうした壁は崩れません。高度化とは、道具を高度にすることではなく、「意思決定の質を高めること」に他ならないのです。

AIに任せる領域、人間が引き受ける領域

では、AIに何を任せ、人間が何を担うべきなのでしょうか。この切り分けを明確にすることが、AI時代における経営管理のスタートラインとなります。

【AIが担うべき領域(高度な自動化・自律化)】

  • データの収集・集計・突合・一次加工
  • 定型実績レポートの即時生成
  • 過去データに基づく予算たたき台・予測モデルの初期案作成
  • 予実差異分析における一次仮説の抽出
  • 複数条件に基づく瞬時のシナリオ計算

これらは、あらかじめ定められたルールを実行するだけの「自動化」から、文脈を解釈し、例外を発見し、次の一手を提示する「自律化」の領域へと進化しています。

【人間(経営者・CFO・経営企画)が引き受けるべき領域】

  • 提示された選択肢の中から、自社の理念・文脈・リスク許容度に照らして「どれを選ぶか」を決定する判断
  • 事業部門や経営陣、ステークホルダーとの対話と合意形成
  • 数字の背景にある「なぜ(根本原因)」を掘り下げる深い問いの構築
  • AIが出した仮説を、実行可能な経営の言語(ストーリー)へ翻訳する力
  • 不確実性の中で下した判断の「結果と責任」を引き受けること

AIがどれほど進化しても、これらのプロセスを代替することはできません。むしろ、AIが定型作業や一次分析を引き受けてくれるからこそ、人間による「考える・選ぶ・責任を引き受ける」という行為の希少価値は、かつてないほど高まっていくのです。

まとめ

AIは経営管理における多くの「作業」を代行してくれます。しかしそれは、経営管理の高度化が「分析作業の自動化」で完了することを意味しません。分析が速く・精緻になるほど、価値を持つのは「何を問い、何を選び、誰がその責任を引き受けるか」という人間の判断そのものです。
後編では、この「判断」に焦点を絞り、「数字を届ける人」から「問いを立て、責任を引き受ける人」への役割転換、そして選択肢が溢れる時代に経営が最終的に下すべき判断の本質について考察を深めます。

本稿の執筆者

諸井 伸吾
コンサルティングファーム、ファンド、事業会社での経営企画や事業本部長、COOを経験し、2022年4月より企業経営に役立つ情報システムを探求し続けてきたアバントグループに参画。現在はアバントCOOとして戦略実現に取り組む。

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

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