投稿日:2026.06.17
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【元オムロンCFO 日戸興史氏が解説】企業価値向上に資する真のROICマネジメント(3)逆ツリー展開とポートフォリオ経営

東証による「資本コストや株価を意識した経営」への要請を受け、ROICを経営指標として導入する企業が急増する一方、外部からの圧力に対する受け身の対応になっている企業が少なくないと指摘されています。

本来、ROIC経営の目的である企業価値向上につなげるには、いかなる工夫が必要なのでしょうか。元オムロン株式会社取締役執行役員専務CFOで、日本CFO協会理事の日戸興史氏に、3回にわたって解説していただきます。

初回はROIC経営の本質について、そして第2回では個別最適の構造的な問題と、全体最適への転換に必要な組織・マネジメントの条件を論じました。
【元オムロンCFO 日戸興史氏が解説】企業価値向上に資する真のROICマネジメント(1)ROIC経営は何のため、誰のために取り組むか
【元オムロンCFO 日戸興史氏が解説】企業価値向上に資する真のROICマネジメント(2)個別最適の壁を超えるための全体最適組織とマネジメントへの転換

今回は、オムロンで実際にROIC経営を機能させた仕組みと成果を具体的にお伝えします。

日戸 興史 氏

元オムロン(株)取締役執行役員専務CFO兼グローバル戦略本部長、(一社)日本CFO協会理事。

【経歴】
東北大学経済学部卒業後、立石電機(現オムロン)に入社。CFO時代には、ROIC経営を牽引し、企業価値向上に貢献した。現在は、ワコールホールディングスなどの社外取締役を務め、コンサルティングや経営アドバイスを通じて企業変革の支援にも注力する。

60セグメントへの分解と「逆ツリー展開」

オムロンでは、4つのビジネスカンパニーをさらに約60のサブ事業セグメントに分解し、それぞれに責任者をアサインしました。この単位を使って、ROICマネジメントを実行することとしたわけです。

ここでオムロンが採用したのが「逆ツリー展開」という考え方です。通常のROICツリーは本社によるトップダウン方式で指標を分解していくのに対して、私たちはあえて逆の発想をとりました。つまり、現場・事業戦略を起点にして、ROIC指標までつなげる方式です。

逆ツリーの最大のメリットは、事業部門が責任者として自律的に計画し実行できる点です。自分たちの事業において、最重要KPIを定め、それを改善することで、どのように収益構造が変わるかを、事業別に自ら考えた内容で宣言するのです。本社からの押しつけでは現場は動きません。現場が主役でなければ、ROIC経営は根付かないと考えたための戦略でした。

60の事業セグメントは、年次のROIC向上プランを策定し宣言するとともに、その進捗をCFOに報告・説明します。特に収益性と成長性でともに課題のある事業については、年に一度、事業責任者と全体責任者たるCFOの間で事業プランとマイルストンを個別に議論し、合意するサイクルを徹底しました。

未達の場合は次のアクションを合意し、そこには事業撤退や売却も含まれました。全体の進捗は経営会議で確認しますが、個別事業の突っ込んだ議論はCFOと事業責任者の一対一で行うという直接的な対話の構造が、実効性を支えていたと考えています。

GP率向上は全社プロジェクトに位置付けた

GP率(売上総利益率)が全事業共通の最重要指標であることは、前回すでに解説しましたが、その向上は、指標の管理にとどまらず、全社的なプロジェクトとして推進しました。GP率は、各部門が個別に取り組んでも向上しないためです。調達・生産・SCM・開発・営業、すべての関係部門が一堂に集まらなければ本質的な改善は期待できません。事業カンパニーごとに、企画部門長をトップとしたGP改善プロジェクトを組成し、部門横断での取り組みを継続して行うこととしました。

施策の具体例として、以下が挙げられます。
● 利益率の低い商品から高い商品へ顧客を誘導する施策
● VE(バリューエンジニアリング)設計による製造コスト削減
● 部材の標準化
● 適切な価格設定と値下げ防止

しかし、これらはいずれも一部門では完結せず、関係部門が連結して動くことで初めて成果が出ます。愚直に10年間取り組みを継続したことで、開始当初から見てGP率は大きく向上し、投資の余力が高まっていきました。GP率向上を原資に、販管費やR&Dへの投資を増やし、その投資がさらなる売上成長につながる正のスパイラルを生み出せたのです。

現在の収益性だけでは判断しないポートフォリオ管理

事業ポートフォリオの管理では、現在の収益性だけでなく、市場の魅力度や自社シェアといった将来性(市場価値評価)の両面から各事業のポジションを評価してきました。

この考え方が最も鮮明に示された事例として、車載事業の譲渡判断があります。それまでROIC10%を超えている優良事業だったにもかかわらず、将来もこの事業でオムロンが勝ち続けられるかを真剣に考えた結果、自社で継続的な成長のために必要十分な資金と人材を投資できないと判断し、譲渡を決断しました。

ベストオーナーへの譲渡は、決して後ろ向きの判断ではありません。その事業を活かすという観点で、高収益・高成長を実現できる最適なオーナーに委ねることも企業理念の実践です。低採算の事業で働き続ける社員は、達成感も成長機会も与えられません。その状態は、社員にとって幸せではないはずです。コア事業として投資してくれるベストオーナーのもとで働く方が、社員にとってもやりがいがあるでしょう。この判断は当時、代表的なベストオーナーへの事業譲渡ケースとして注目を集めました。

TOCが解き明かした「全体最適」の加速法

ROIC経営の推進と並行して、私が全体最適の実現に極めて有用だと再認識した理論があります。世界中のMBAの教科書にもなっている制約理論(TOC:Theory of Constraints)です。

TOCは、つながりとばらつきのあるシステムには必ずボトルネックがあり、そこに全員が集中することが全体最適になるという考え方です。すなわち、ボトルネック以外への取り組みはムダになり、何に集中しないかを決めることが、結果的に集中を実現します。

CFO就任前、子会社・オムロンヘルスケアの経営企画室長時代にTOCを全面導入した経験が、オムロンの後の経営を根底から支えることになりました。それまでのオムロンヘルスケアは、グローバルでの価格・シェア競争の激化、新商品投入の遅れ、生産供給リードタイムの長期化など複合的な問題を抱え、業績が停滞していました。個別の改善策をいくら積み上げてもコンフリクトが解消されず、成果に結びつかない状況でした。

そこでボトルネックを徹底分析した結果、仕事の流れの悪さに根本原因があると特定しました。供給リードタイムが13週間ありましたが、その多くが待ち時間や調整時間に消えていました。製造工程は変えず、つなぎと流れの改善に集中した結果、生産リードタイムは13週間から1週間へと大幅に短縮されました。在庫は半減し、欠品はゼロになり、生産が平準化されたことで固定費率も低下しました。

開発部門でも同様のアプローチを採用し、複数テーマを同時並行で進めるマルチタスク環境が開発の流れを阻害していることを特定しました。クリティカルチェーン・プロジェクト・マネジメント(CCPM)の手法を導入し、同じ人員のまま開発テーマ数を2倍へと押し上げることができました。

ROICの観点で見ると、リードタイム短縮で在庫回転率が向上し、欠品解消で売上が上がり、開発効率向上で同じ開発費から2倍の新商品が生まれたのです。コアとなる課題一つを解決することで、ROICの複数の要素が同時に改善したのは、まさにTOCの力です。

変えられない過去ではなく、変えられる未来へ

3回にわたってお伝えしてきたことを総括します。ROICという指標は、過去から現在の収益状態を表す結果指標に過ぎません。本社がROICをモニタリングして事業の責任を追及するだけでは、変えられない過去を議論しているのと同じです。大切なのは、根本課題を特定し、全体最適でそれを解決することで、変えられる未来をマネジメントすることです。
ROIC経営で高収益化し、そのキャッシュを成長投資に回し、新たな価値を生み出してまた事業を拡大する拡大再生産のスパイラルアップを回し続けることが、企業が持続的に価値を高めるための道筋です。ROICはそのための、最も重要な起点だと言えます。

変えられない過去ではなく、全体最適で変えられる未来にマネジメントを集中させることを強くお勧めしたいと思います。

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