【元オムロンCFO 日戸氏に聞く】グローバル経営の課題と突破口。日本企業が今取り組むべき戦略

世界市場の不確実性が増す現在、グローバル企業の競争優位性を大きく左右するのが、他拠点ビジネスを束ねる経営管理力です。しかし実際には、組織やデータ、人材、リスクといったさまざまな問題が絡み合い、多くの日本企業が足踏みしているのが現状です。
グローバル市場で勝ち抜くためには、場当たり的ではない経営戦略の深化と、経営層による適切な舵取りが求められます。
そこで今回は、元オムロン株式会社取締役執行役員専務CFO兼グローバル戦略本部長、現在は日本CFO協会理事やプライム上場企業の社外取締役を務める日戸興史(にっと こうじ)氏にインタビューを実施。グローバル経営において経営層が把握しておくべき課題と、その打開策について伺いました。
日戸 興史氏

日本CFO協会理事
元オムロン取締役CFO兼グローバル戦略本部長。1983年立石電機(現オムロン)にエンジニアとして入社し、技術開発、商品開発、新規事業開発に従事。2002年以降は、事業構造改革、本社機能改革をリードし、2017年グループCFOとしてROIC経営をリード。
現在は、日本CFO協会理事や、プライム上場企業3社の社外取締役を務める。
グローバル経営において経営層が直面する主な課題
日本国内の市場が縮小傾向にある中、事業をグローバル化する企業が増えています。ただ、単に日本で成功したビジネスモデルを海外で展開するだけでは、海外拠点との認識のズレが生じたり、思うように収益が上がらなかったりする可能性があります。また、グローバル経営において、海外拠点を任せられる人材の育成や、文化の違い、経営管理の煩雑さといった壁にぶつかる企業も少なくありません。
このような問題に直面すると、本社側は、まず「管理を強化しなくては」と考えがちです。しかし、日戸氏は、「具体的な施策に移る前に、『経営と経営管理はイコールではない』ということを経営層が理解する必要がある」と指摘します。
「企業経営において重要なのは、その企業の方向性や在るべき姿といった理念・ビジョン・目標を明確にし、組織内で共有することです。それができていないと“管理のための管理”に陥ってしまい、根本的な課題解決には至りません。特にグローバル企業では、文化や習慣の違い、時間軸の捉え方、距離の問題などから、本社と各エリアのあいだでさまざまなコンフリクトが生じます。この対立を乗り越え、同じ方向にベクトルを向けるために必要なのが、『経営管理』です。
さらに、ビジョンが共有できていないと、課題の認識にもズレが起こります。課題とは、一言で定義するなら、“在りたい姿と現実とのギャップ”です。企業としての在りたい姿が経営層や各拠点間で一致していなければ、当然、解決すべき課題も変わってきてしまいます。また、現状認識に齟齬があっても、課題の受け止め方がバラバラになってしまうでしょう。
ビジョンを共有した上で現状を可視化し、理想と現実のギャップを埋める道筋を示すこと。それが、グローバル経営で求められる経営層の役割です」
日戸氏によれば、この前提が疎かになっている日本企業は多いといいます。結果、本社側の意図が各拠点に理解されないばかりか、「一方的に押しつけられている」「本社は現地のことを何も分かっていない」と、反発を招くケースもあるそうです。
グローバル経営を管理するために経営層がまず取り組むべきこと:ビジョンの共有
グローバル市場で業績拡大を実現するには、高収益・高成長事業の集合体を目指すべきだと日戸氏は語ります。そのためにまず必要なのが、ビジョンを明確にし、海外拠点を含め全社に共有することです。
「ただビジョンを掲げているだけでは、あまり意味がありません。大切なのは、各拠点の責任者が、企業のビジョンを自分の言葉で語れるようになること。経営者自らが海外拠点と積極的に対話し、ビジョンを浸透させる取り組みが必要だと考えます。企業理念やビジョン、目標は、現地スタッフの判断基準や行動規範となるものですから、現地の意識が『やらされている』から『やる』に変われば、各拠点が自律的に成長を目指せるようになるでしょう」
また、海外は日本に比べて人材の流動性が高く、終身雇用や年功序列を前提とした人材マネジメントは通用しません。ビジョンの共有は、多様な人材をまとめ、チームとしての一体感を醸成する上でも大きな意義があります。
「優秀な人材が求めているのは、待遇や報酬だけでなく、自身が成長できる環境だと思います。企業のビジョンを理解し、その実現に向けて成果を重ねることで、組織と自分自身の成長がリンクしていると実感できるようになるはずです」
グローバル経営を管理するために経営層がまず取り組むべきこと:ガバナンス設計
グローバル経営においては、サプライチェーンやバリューチェーンが、国境やエリアを越えて構築されます。例えば、開発は日本、原材料調達や生産はアジア、販売は欧米、というようなケースもあるでしょう。海外の各拠点は、全体の流れの中で、それぞれの役割を担うことになります。各拠点が役割を無視してバラバラに活動していては、事業成長に向けたベクトルを一致させることができません。
「経営層が意識するべきは、本社の経営施策と海外拠点の自律性とのバランスです。この求心力と遠心力のバランスを適切にデザインすることが、グローバル経営を成功へ導く重要なポイントといえるでしょう。
まずは、先ほどお話ししたように、企業のビジョンをしっかりと共有すること。そのコンセンサスの上で、各拠点の役割や任せる範囲を明確にすることが大切です。
また、収益性を向上させるには、各拠点がそれぞれの役割、つまりその拠点にしかできないことに集中すべきです。何を集約して、何を分散させるかを決めるのが本社の役割となります」
エリアごとの特性もあるため、日戸氏が以前所属していたオムロン株式会社ではエリアごとの管理部門を本社側で立ち上げていたそう。
「例を挙げると、グローバルのリスクマネジメントや人材マネジメント、情報セキュリティなどのフレームワークを設計するのは本社側。そのフレームワークを基に、エリアごとの状況に応じて実行に移し、海外拠点がそれぞれの役割に専念できる環境作りを目指しました」
加えて、収益性を判断する際には、事業単位だけではなくエリアごとの収益構造を確認するべきと日戸氏は話します。これは、FP&A(Financial Planning & Analysis)の観点から見ても重要な取り組みといえるでしょう。
「同じ事業であっても、収益構造はエリアによって違うはずです。顧客ニーズの把握から価値提供までのエンドツーエンドの流れの中で、各エリアの収益構造がどうなっているか。プロセスを分解してクリアにしていくと、エリアごとの収益性の違いが浮き彫りになります。さらに、それぞれの収益構造を可視化することで、拠点同士の協調や学び合いを後押しする仕組み作りにもつながります。成功しているエリアをベンチマークにするのもひとつの方法です」
このような多角的な財務分析と計画立案は、まさにFP&Aの核心部分です。グローバル企業においては、各エリアの財務データを統合的に分析し、戦略的な意思決定に必要な洞察を提供するFP&A体制の構築が不可欠となります。
※FP&Aについては下記の記事をご参照ください。
FP&Aとは?注目が高まる背景や業務内容、必要なスキルなどを解説
グローバル経営を管理するために経営層がまず取り組むべきこと:情報の見える化
急激に変化し続けるグローバル市場で、意思決定のスピードを上げるためには、情報の見える化が必要不可欠です。日戸氏が言うように、そもそも企業にとっての課題とは、在りたい姿と現実とのギャップです。タイムリーな情報を見える化し、的確に把握できなければ、自社の課題を正しく認識することもできません。
スピーディーな情報の収集と分析に役立つのが、デジタルツールやシステムです。実際に、情報の見える化を実現するために、DX推進を掲げる企業は多く見られます。
「事業のグローバル化を進める中で、サプライチェーンやビジネスプロセスがある日突然変わるケースは珍しくありません。予想しなかった商品が急に売れるようになったり、逆にそれまで好調だった商品が急にストップしたりすることもあります。また、カントリーリスクにより、予期せぬ損失が発生するケースもあります。グローバル市場で競争優位性を確立するには、意思決定のスピードを上げ、世の中の変化に先んじて対応できる体制を整えておかなければなりません。
そのためには、デジタルツールを活用した情報の見える化が欠かせないでしょう。例えば、エリアごとの収益構造にしても、タイムリーな情報を収集しなければ、意思決定には役立たないものになってしまいます」
ただし、「DXという言葉にとらわれすぎて、順番を間違えないようにしなければならない」と日戸氏は注意を促します。
「情報をすべて見える化しようとすると、データの海に溺れてしまいます。何のために、どのような情報が必要なのか、そのためにどのような手段が有効なのか、という順番で見える化を進めないと、労力が無駄になるばかりか、経営そのものが誤った方向に進みかねません。必要かつ十分な情報を見極める、情報の取捨選択が重要だと思います」
グローバル経営市場のこれから
地政学リスクの再燃や、生成AI・データ共有基盤の進化など、グローバル市場の不確実性はますます高まっています。このような中、5年後、10年後を見据え、経営者にはどのような意識が必要になるのでしょうか。
「グローバル市場は、今後も急激に変化していくでしょう。グローバル市場のパワーバランスやビジネス構造も、今とは違ったものになると考えられます。ただし、その変化を予測することは非常に困難です。
このような状況にあっては、冒頭でお話ししたようなビジョンの共有がますます重要な意味を持つと考えられます。そして、変化をチャンスと考え、スピード感を上げて試行錯誤ができる企業が生き残っていくのではないでしょうか。
企業の経営層も、これまでの経験則ではまったく通用しない変化に直面しているといえます。ただ逆に言えば、新しいことに挑戦できるまたとない機会とも考えられます。変化を前向きに捉え、組織や社員の成長につなげていく姿勢が、グローバル時代の企業には求められているのです」
ビジョンの共有と的確な情報分析で、グローバル市場を勝ち抜く組織を作る
グローバル経営の取り組みとして、日戸氏が繰り返し強調したキーワードが「理念やビジョン、目標の共有」です。これからのグローバル経営は、かつてのように、日本で成功した商品やサービスを海外に輸入するだけでは立ち行かなくなるでしょう。
企業の理念・ビジョン・目標といった軸をしっかりと確立させた上で、各拠点が自律的に活動できるフレームワークを作ることが、グローバル経営成功のポイントといえます。
同時に、海外拠点の情報を適切に見える化する仕組み作りも不可欠です。社内に点在するデータを集約する上では、経営管理システムの導入・活用もおすすめです。収集したデータを価値ある情報に加工し、経営管理に役立てることができます。
自社の経営管理に課題を感じている方や経営管理システムの導入を検討している方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。
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