【早稲田大学商学学術院 大鹿智基教授に聞く】非財務情報開示がもたらす企業価値向上効果とは?専門家が語るサステナビリティ経営戦略

現代において、環境問題や社会課題への対応が企業の持続的成長に不可欠となっており、投資家や消費者、各省庁などからも企業に対する期待や要求が高まっています。こうした状況の中でサステナビリティに配慮した経営を行うことは、企業価値を高め、資金調達や競争力強化にも直結するものとして注目を集めています。
そこで今回は、早稲田大学商学学術院教授である大鹿 智基(おおしか ともき)氏にインタビューを実施。サステナビリティ経営が求められる背景や、非財務情報を経営戦略に活用するポイント、注意点を伺いました。
※ESG経営については下記をご参照ください。
ESG経営とは?注目される背景や導入メリット、ESG投資などを解説
大鹿 智基氏

早稲田大学商学学術院教授 博士(商学)早稲田大学
1998年早稲田大学商学部卒業、2000年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。2000年より早稲田大学メディアネットワークセンター助手、2001年より2002年までシカゴ大学経営大学院留学、2004年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得、2016年2月早稲田大学より博士(商学)受領。
2004年より早稲田大学商学部専任講師、2007年より同准教授、2014年より現職。
2010年9月~12月香港理工大学客員研究員、2011年1月~3月南洋理工大学客員研究員、2017年4月~9月INSEAD客員研究員、2018年2月~2022年6月エジプト日本科学技術大学客員教授、2022年10月~2023年3月國立政治大學客員研究員を務める。
日本管理会計学会常務理事・学会誌常任編集委員、中小企業診断士試験委員を歴任。
現在、日本会計研究学会理事・国際交流委員会委員長、日本経済会計学会常務理事・学会誌編集委員など。
サステナビリティ経営とは?
サステナビリティ経営とは、企業が長期的な価値創造を目指す際に、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)などの多様な要素を経営戦略に組み込み、すべてのステークホルダーとともに成長していく経営手法です。従来のように財務業績のみを追求するのではなく、持続可能な社会の実現に向けた経営活動を通じた価値創造にも取り組むことが大きな特徴となっています。
大鹿氏は、サステナビリティ経営の本質をこう説明します。
「サステナビリティ経営は、環境、社会、ガバナンスといった非財務分野を、企業の成長や価値創造のために戦略的に取り入れる経営のことです。これまで企業は主に財務業績を重視してきましたが、長期的な競争力や持続的な成長を実現するためには、非財務分野への取り組みも不可欠になってきています」
なお、よく比較されるESG経営との違いについて、大鹿氏は「現時点ではサステナビリティ経営に資する非財務情報としてE・S・Gに注目が集まっているため、ほとんど同じものだが、必要な非財務情報が拡大してくることで違いが出る可能性もある」と説明しています。
つまりサステナビリティ経営とは、財務業績だけでは把握できない企業の潜在力を、環境・社会・ガバナンスの視点から総合的に管理・強化し、長期的な企業価値向上につなげていく経営手法だといえるでしょう。
非財務情報の活用が重要である理由
サステナビリティ経営を実践する上で重要な要素となるのが「非財務情報」の活用です。これは財務諸表には表れない企業の活動や価値を示す情報で、E(CO2削減、再生可能エネルギー導入など)・S(人材育成、ダイバーシティ推進など)・G(取締役会の透明性、リスク管理体制など)といった各分野における取り組みや成果を指します。
大鹿氏は、経営における非財務情報の役割をこう強調します。
「非財務情報は、企業の長期的な成長性や持続性を判断する上で欠かせません。投資家にとっては将来の成長ポテンシャルを測る材料ですし、経営者にとっても、利益やキャッシュフローを増やすための方策を考える上での戦略的な指標になります」
近年、投資家は短期的な財務数値だけでなく、企業が将来どのように価値を創造していくか、その道筋を知りたがっています。この変化の背景について、大鹿氏は次のように説明します。
「株式投資家が求める情報は、本質的な株価を算定するためのインプットです。本質的な株価は、将来の収益性やキャッシュフロー創出能力によって決まりますが、財務数値だけでそれらを予測することが困難になっています。例えば、やる気のある従業員やカリスマ性を持つ経営陣といった要素は、将来のキャッシュフローに関係することが明らかですが、貸借対照表や損益計算書には出てきません。このような従来の財務会計では扱われてこなかった情報を、投資家の方々が必要とするようになったのです」
かつては、投資家は過去の財務データから将来の利益やキャッシュフローを予測していました。しかし、今では有形資産よりもブランド力や人材力といった無形資産が企業価値の源泉となり、財務情報だけでは不十分になったのです。
また、企業がどのような課題認識を持ち、何にリソースを投じているかといった「経営者の意思」を読み取る上でも、非財務情報は大きな意味を持ちます。そのため、投資家との建設的な対話を行うためにも、非財務情報を戦略的に把握・開示することが不可欠になっているのです。
経営者のリーダーシップ、社員のエンゲージメント、社会からの評価などは財務情報では把握できませんが、これらこそが企業の持続的成長と発展の根幹を成す要素です。非財務情報を経営に取り入れることで、短期的な業績変動に左右されることなく、中長期的な経営戦略を構築し実行することが可能になります。
「重要なのは、開示する情報が経営戦略と紐づいていることです。単なる形式的な報告ではなく、『なぜその取り組みを行うのか』『将来のどのような成果につながるのか』を明確に示す必要があります」
なぜ今、サステナビリティ経営が求められているのか
企業が非財務情報の開示を求められているのは投資家からだけではありません。社会全体からもサステナビリティ経営への期待が高まっており、法規制や制度面からの要請も年々強化されています。
企業を取り巻く環境が大きく変化しているため、従来の財務情報中心の経営管理から、より多角的で長期的な視点での企業経営へと、経営手法そのものが大きく変化しています。この変化を2つの観点から詳しく見ていきましょう。
ステークホルダーのニーズの多様化
サステナビリティ経営が求められる背景には、ステークホルダーからの企業への期待の多様化があると大鹿氏。その根本的な理由について次のように説明します。
「会計情報へのニーズは、実は人それぞれで大きく異なっています。そもそもの企業価値の定義自体が、ステークホルダーによって違うためです。従業員にとっては働きやすさや労働環境、適正な給与が重要でしょうし、地域住民の方々にとっては環境への配慮、そして消費者にとっては優れた製品・サービスの提供が企業価値の指標となります。良い企業の定義が多様である以上、経営者が把握し管理すべき指標も、当然多岐にわたることになります」
社会の成熟による消費者行動の変化
サステナビリティ経営が注目される理由について、大鹿氏は社会の成熟度という観点からも説明します。
「社会の成熟に伴い、消費者行動にも変化が見られます。例えば、環境に対する私たちの意識の変化によって、環境に配慮した製造プロセスで生産された製品が、そうでない製品より多少価格が高くても、消費者が選択する時代となっています。仮に、環境へ配慮することで製造コストが10%上昇したとしても、単価を20%高くできるのであれば、企業にとって十分に魅力的なビジネスモデルといえるでしょう」
この変化により、環境や社会に配慮した経営が、環境、消費者、そして企業の三者すべてにメリットをもたらす「三方よし」の状況を実現できるようになったのです。
世界・日本におけるサステナビリティ経営の最新動向
サステナビリティ経営を前提とした非財務情報の開示に関し、世界的な潮流として急速に制度化・標準化が進んでいます。企業にとってはもはや「やるかやらないか」ではなく「どのように取り組むか」の段階に入っています。ここでは制度面と企業の実践面の両方から、現在の動向を整理します。
制度面:開示基準の統一化
制度面では、各国で環境・社会課題への対応を求める法制度の整備が加速しています。
EUではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)やタクソノミー規則が施行され、日本でも非財務情報の開示義務化やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)対応推奨など、制度面からの要請が強まっています。
こうした流れの中で、次のような課題が生じたと大鹿氏。
「開示基準を策定する団体が複数存在する結果、企業側では複数のルールに準拠した開示が必要となり、開示業務の負担が増大するという課題が生じました」
この問題を解決するため、国際財務報告基準を策定するIFRS財団の下にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が設立され、開示基準の統一化が進められています。日本でもSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立され、国際的な基準との整合性を図っているのが現状です。
また、世界的に制度開示の義務化も段階的に進んでいます。日本では、時価総額3兆円以上の企業を対象として、2027年3月期からの開示義務化が検討されており、大企業から順次適用される予定です。
※2025年8月時点の情報に基づく
企業の実践面:戦略的取り組みへの進化
企業の実践面では、次のような状況にあります。
「当初は外部要請により始まったサステナビリティへの取り組みですが、一部の企業では、これらの要素への注力が自社の経営力強化、すなわち将来的なキャッシュフロー創出や収益性向上にも寄与するという認識が広がっています。そうした企業では、経営戦略の中核にサステナビリティ要素を組み込む動きが活発化しています」
経営戦略に活かす非財務情報
サステナビリティを競争優位につなげるためには、非財務情報を単なる“開示義務への対応”として扱うのではなく、戦略的なアプローチが不可欠です。非財務情報を経営戦略に活用する際の重要なポイントは、「ストーリーの構築」にあります。大鹿氏は統合報告の考え方を参考にしながら説明します。
「統合報告の本質の一つは、一貫したストーリーを描くことにあります。例えば、従業員への投資や研究開発の強化が、将来的な企業のキャッシュフロー創出や収益性向上にどのように結び付いていくのか、その因果関係とストーリーを明確にすることが重要です」
加えて、「単に開示すべき項目を数値化するだけでなく、点と点を線で結び、さらにそれを面で捉えて、将来に向けた戦略的ストーリーを描くことが重要である」と強調します。
また、実際の成功例として、大鹿氏は製薬業界を挙げて説明します。
「ある製薬会社は、研究開発部門にリソースを大きく割り当て、研修や投資、就労環境の整備などに注力してきました。そしてそれらの情報を早くから体系化して開示していたために、投資家のみならず社会から『開発にしっかりリソースをかけている』『良い薬を提供しており、こうした姿勢を持つ会社なら間違いない』という評価を受けていました」
非財務情報を開示することは企業にとって、時間も手間もかかる作業かもしれません。しかし、この事例が示すように、適切な情報管理や開示によって経営力を強化し、結果として顧客からも市場からも信頼を獲得し、企業価値向上につなげることができます。企業にとって重要なのは、どのような成果に結び付かせようとしているのか、そこに至るストーリーをいかに描くかということなのです。
企業が非財務情報を開示する際に気をつけるべき点
サステナビリティ経営の実践において、多くの企業がつまずきやすい点があります。形式的な対応に終わることなく、真の企業価値向上につなげるために、特に注意すべき3つの点を大鹿氏は次のように整理します。
「開示のための開示」を避ける
非財務情報の開示で最も重要な注意点は、手段の目的化を避けることです。大鹿氏は次のように指摘します。
「最も避けるべきは『開示のための開示』になることです。開示制度がなければ情報が集約されず、情報が集約されなければ適切な管理も困難になることは事実ですが、開示制度はあくまでも契機に過ぎず、重要なのはそれぞれの企業や従業員が明確な道筋を描けること、そして開示によって得られた数値自体が継続的に改善されていくという好循環を創出することです」
こうした、経営力向上のためのストーリーを全社で共有し、共通認識を持つことで、円滑な運用を行うことが大切です。
開示の「本質的な目的」を理解する
経営層が非財務情報開示の本質を理解することも重要です。単に開示している企業が増えているから、社会として求められているからといった理由で表面だけをなぞっても、その成果を十分に享受することは難しいでしょう。
「経営層には、各情報の項目が自社の将来的な収益性やキャッシュフロー創出能力、そして経営力強化にどのように結び付いていくのかを戦略的に考える力が求められる」と大鹿氏。
さらに、「戦略的な構想力」という表現で、将来に向けたストーリーを描く重要性を強調します。
「自社のポジショニングを的確に把握し、その上で自社の進むべき方向性を明確に描くことを通じて、そこに向けて何を強化していけばよいのか、その因果関係の連鎖を戦略的に構想し、設計することが必要です」
組織内へきちんと浸透させる
企業内での浸透についても次のように述べています。
「やはり、経営層やマネージャー層の指示により実行するのではなく、各人が納得して主体的に取り組むことで、真の成果が得られます。そのため、組織内での十分な理解と納得感の醸成が、サステナビリティ経営を組織に浸透させる上で極めて重要です」
非財務情報の開示が直接的に売り上げを押し上げるわけではありません。しかし、自社の強みや弱みを客観的に知るとともに、さらなる改善を行う契機にもなります。加えて、経営力強化を通じて市場からの信頼を高める方法のひとつでもあるのです。
非財務情報を何のために開示するのかをプランニングしておくことが大切
サステナビリティ経営の導入において、大鹿氏は長期的視点の重要性を強調しています。
「短期的には相反する要素が生じる場面もありますが、長期的な視点では必ずしも対立するものではありません。例えば、当年度の収益確保のために研究開発費を削減すれば、確かに短期的には利益が向上します。しかし、研究開発投資を怠った企業や人材育成を軽視した企業が、いずれ競争力を失うことは自明です。長期的に見れば、研究開発投資、人材投資、環境対策などに継続的に取り組んだ企業が、安定した収益性とキャッシュフロー創出能力を維持しています」
重要なのは短期的な収益追求と長期的な企業価値向上の適切なバランスです。
「長期的な視点では必ず投資効果が現れる」と大鹿氏が指摘するように、企業は長期の成長ストーリーを描き、非財務情報を含めて市場やステークホルダーに伝えていく必要があります。非財務情報の開示は単なる社会貢献活動ではなく、経営そのものと直結した競争優位を創る戦略なのです。
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