なぜグローバル経営管理プロセスは浸透しないのか?【中編】効率的なデータ基盤の統合方法を解説

グローバル経営管理における課題と解決方法を全3回シリーズで解説しています。
前編ではグローバル化が進む日系企業における、海外拠点の経営管理の現状と本質的な課題について整理しました。
【前編】海外拠点の経営管理の現状と課題
今回の中編では、そうしたグローバル経営管理の深化において最初に直面するハード面の課題、すなわちデータ基盤の整備と統一に焦点を当てます。必ずしもERP統合に頼らず、すぐに着手できる改革とは何か、実践的なアプローチを解説します。
ハード面で立ちはだかる「データ基盤の壁」
データ基盤の壁とは、経営管理を行うために必要なデータ・システムに関連する課題を指します。以下、具体的にどんな課題があるのかを解説します。
バラバラなデータが引き起こす経営判断の難しさ
海外拠点ごとに財務情報の作成プロセスが統一されておらず、本社が正確なパフォーマンスを把握できない状況は珍しくありません。特に、配賦プロセスの内容など、現地の情報が正確かどうかを確認できず、報告内容をそのまま受け入れるしかないケースも見受けられます。
さらに、業務プロセスの不統一により、問題と責任対象が特定できないケースも少なくありません。業績が悪化していることは把握できても、問題の原因と責任の所在が明確でないと、早急に改善策を立てるのが困難になります。
グローバル経営管理を行うためには経理・財務データや営業データなど、多角的な経営情報が要求されるため、海外拠点の作業負荷が大きくなりがちで、これらの負担を軽減する仕組みの構築も重要な課題となります。
ERP統合は10年がかり、ROIを刈り取れない
多くの企業がERPの統合を目指しているものの、完全な統合には長い期間が必要です。
特にSAP ECC 6.0のサポート終了に伴い、S/4HANAへの移行が必要になる、いわゆるSAP 2027年問題の影響で、ERPの刷新・統合を検討する企業が増えていますが、100社以上の子会社を持つ企業ではERP統合まで10年を要するケースも珍しくありません。
ERP統合は、次のような目的達成のために行われますが、統合までの期間が長すぎると、その間の経営効率の低下が懸念されます。
・財務情報作成プロセスの統一
・財務情報作成プロセスと責任所在の可視化
・業務負荷軽減とスピード向上
そのため、ERP統合を待たずに目的の主要部分の実現を目指すという視点が重要です。
ERP統合前にできる「前さばき管理」
ERP統合以前にも、以下の対応を行うことで、業務プロセスの統一などの目的を達成できます。これらは、統合までのつなぎとしてではなく、将来的なERP導入を見据えた「前さばき」としての対応になります。
コストセンター×部門での管理粒度統一
各拠点で共通のコストセンター体系を導入し、費用の発生源と責任範囲を明確にするプロセスです。これにより、問題発生時の対応スピードが格段に向上し、改善サイクルが加速します。
トップラインとして見られる売上は、すでに多くの企業において必要な粒度での確認ができるようになっていますが、費用管理は拠点単位の粗い集計にとどまるケースが少なくありません。より精緻なグローバル経営管理と意思決定を行うためには、費用の中でも特に人件費や経費といった項目について細分化し、深く掘り下げ分析する必要があります。
コストセンター単位での管理では、コストの発生源と所在を明確化できますが、拠点によってルールが異なることが多いため、ルールの統一も重要です。単価×数量など分解して管理すると、費用の自動計算や分析も可能になります。例えば、社員数と平均人件費を分けて管理することで、人件費変動の要因分析が容易に行えます。
配賦プロセスのルール化と一元管理
ブラックボックス化しやすい配賦処理を標準化し、透明性の高いプロセスを確立することが重要です。間接費や共通費の配賦方法を統一することで、拠点ごとに共通の基準で評価できる仕組みを構築できます。
特にグループ経営管理システム上での配賦処理による透明性を確保することは高い効果が見込まれるでしょう。各拠点で個別に配賦計算を行うのではなく、共通のシステム上で統一ルールに基づいた配賦を行うことで、一貫性のある結果が得られます。
一元管理により各拠点の情報は可視化され、コストセンターから部門への自動集計や科目の自動粒度変換といった自動化が進みます。加えて、配賦処理もシステムにより自動化されるため、業務負荷軽減とスピード向上も実現できます。
なお、材料費についてはERP統合後に実施するという選択をしている企業が一般的です。材料費もERP統合前に統一できれば理想的ですが、自動化・標準化にはBOM(部品表)の情報が必要になるケースが多く、BOMをERP統合以外で統一するのは難しい面があるためです。
データ基盤の壁を乗り越えるための統合プロセス
これらの標準化作業や導入プロセスは、すべてのプロセスで一気に実行することは現実的とは言えません。重要度や効果の高い領域から順次展開するのが賢明です。
グループ経営管理システムの全体像は、下図のようにERP統合前後でプロセスが分かれます。
ERP統合前プロセスもまた、以下の2つに分けられます。
・ベーシックプロセス:従来のPL/BSを中心とした報告のみのプロセス
・アドバンスプロセス:費用管理や配賦処理などを標準化したプロセス

ERP統合後は、ERPから自動連携されるデータを基にした処理ができるようになり、より高度なグループ経営管理が可能になります。
図のような構成にすることで、グループ会社の状況に柔軟に対応した標準化が目指せます。ベーシックプロセスからスタートし、徐々にアドバンスプロセスに移行したものをベースにしてERP統合後のプロセスへと展開していくというステップを踏むことで、無理なく段階的にグローバル経営管理の高度化を図ることができます。
同時に、PL/BS報告を中心としたベーシックプロセスも残しておくことで、展開のリスクを抑えたデータ基盤統合を実現できます。従来の報告体系を維持しながら新しいプロセスを導入することで、移行期間中の業務の安定性を確保できます。
まとめ
データの粒度や意味合いの違い、そしてERP統合の長期化という問題に対して、ERP統合を待たずして前さばき管理を進めることが現実的な打ち手となります。しかし、仕組みが整ってもプロセスが根付かなければ意味はありません。
次回は、グローバル展開時に立ちはだかる「組織」や「文化」といったソフト面の課題について考えていきます。
シリーズのご紹介
なぜグローバル経営管理プロセスは浸透しないのか? 【前編】海外拠点の経営管理の現状と課題
なぜグローバル経営管理プロセスは浸透しないのか? 【中編】効率的なデータ基盤の統合方法を解説
なぜグローバル経営管理プロセスは浸透しないのか? 【後編】組織・文化の壁を越える展開戦略とは (※公開をお待ち下さい)
監修
株式会社アバント グローバルプロセスコンサルティング部 部長 杉山 直毅
<経歴>
株式会社ディーバ(現:アバント株式会社)入社後、外資系コンサルティングファームを経て株式会社ディーバへ復職。単体から連結決算におけるコンサルティング、システム導入等を通じて、会計・経営管理領域に従事。海外子会社への決算業務BPR、経営管理プロセスの100拠点超のグローバル拠点への展開プロジェクトの提案及びリードの多数経験及び、自社のグローバル事業を牽引。

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