【対談:ROIC経営を支える組織づくり – CFO機能とFP&Aの実践的課題と解決策】 第1回:ROIC経営の本質は企業価値の向上
東証からの資本コスト経営要請を受け、多くの企業がROIC(投下資本利益率)経営の導入に取り組む。しかし、目的や用途などが曖昧なまま取り組むため、現場が苦労するケースも少なくありません。
ROIC経営は単なる指標導入ではなく、中長期的な企業価値向上を実現するための経営変革だと位置づけられます。しかしそこには事業ポートフォリオ管理から投資管理、組織・人事制度の見直し、IT基盤の整備まで多岐にわたる課題が存在します。
表面的な取り組みに終わらせず、真のROIC経営を機能させるには何が必要なのでしょうか。また実務上の難所をどう乗り越えればよいのでしょうか。株式会社アカウンティング アドバイザリー マネージングディレクター/公認会計士の櫻田 修一氏に、株式会社アバント執行役員/グループ経営管理事業部長の岩佐 泰次が、実践的な視点から詳しい話をお聞きしました。
【対談】ROIC経営を支える組織づくり – CFO機能とFP&Aの実践的課題と解決策
第1回:ROIC経営の本質は企業価値の向上
第2回:組織・人事・システム…実務上の壁の存在と乗り越え方
第3回:成功への道筋 – 投資管理とシステム基盤の重要性
まず第1回では、ROIC経営がブームとなった結果により増えた「表面的な導入」について、その問題点を解説していただきます。本来の目的である中長期的な企業価値向上を実現するためには、ROIC以外の指標が適切な場合もあることなど別角度からも説明していただきます。

ROICが再注目される理由

櫻田 修一氏
外資系大手監査部門での監査業務を経て、ビジネスコンサルティング部門に転籍。業績管理・連結管理、会計分野を中心とした、経営管理・業務改革コンサルティングおよびERP等のシステム導入コンサルティングを手がける。2010年に創業メンバーとしてアカウンティング アドバイザリーを設立。IFRS導入、過年度財務諸表遡及修正業務等のサービスラインを確立、現在はEPM(業績管理)・連結会計システム・ERPなどのシステム導入を含む会計関連プロジェクト実行支援サービスを提供している。
アバント・岩佐 ROIC経営が大きなブームになっていますが、この現状をどうご覧になっていますか?
櫻田氏(以下、敬称略) 2000年代に一度注目を集めたROICが、PBRへの関心の高まりによって再び脚光を浴びています。ただ、自社の課題を十分に把握しないまま、ROICを導入・重視する企業も少なくないのが現状です。
最近では昨年の東証によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業への要請がきっかけです。皮肉を込めて「騒動」とも呼ばれますが、IRや開示という形でスポットライトが当たると経営者としては飛びつかざるを得ない側面があるかと思います。
岩佐 確かに「ROIC経営を導入します」と発表する企業は急増しました。
櫻田 ただ、これはレトリックかもしれないという点に注意が必要です。なぜならROEをKPIに設定すれば「資本効率性経営に取り組んでいます」と言えるからです。ROEを連結グループ全体で計算すること自体はたやすいでしょう。
しかし本気でやっている企業がどこまであるのかは疑問と言わざるを得ません。
各種のサーベイを見ると、半数の企業が「資本効率性指標を取り入れている」とされ、検討中の企業を入れると8割近くに達します。この数字は、現実の感覚と乖離しているように感じます。
ROICは目的ではなく手段。その混同

岩佐 泰次氏
監査法人を経て、株式会社ディーバ(現、株式会社アバント)に入社。経営管理領域を軸にコンサルティングやシステム導入を多数実施。その後、事業開発・製品開発などを経て、現在はお客様の「見えない企業価値を可視化し最大化する」ことをミッションとするグループ経営管理事業を推進中。公認会計士。
櫻田 日本におけるROICの原点は、2014年の日本再興戦略、いわゆるコーポレートガバナンス改革です。「失われた20年」の只中で、日本の労働生産性向上を目指してガバナンス改革が叫ばれるようになりました。
岩佐 その結果、ROICツリーの作成が浸透しました。
櫻田 そうですね、しかし、ROIC経営はあくまでツールであり、本質は5年から10年の長期的な企業価値向上そのものにあります。そのために資本効率指標の採用が仕組みとして望ましいという考え方です。
経営者の目線が中長期に置かれるように促すことが日本再興戦略の本来の狙いでした。実際には「ROICありき」で検討を始める企業も見受けられますが、企業のタイプによって最適解は異なります。
岩佐 具体的にはどのようなケースがありますか?
櫻田 例えば研究開発型企業なら、研究開発投資の評価の方がROICより重要かもしれません。多店舗展開している企業であれば、店舗のPLやキャッシュフロー、一人当たりの売上や顧客単価がKPIとして適切でしょう。必ずしもROICだけが絶対ではないのです。
変革の必要があった企業はいち早く取り組んだ

岩佐 一方で、早期からROIC経営に取り組んできた企業群もあります。
櫻田 2000年代初頭に日本でいち早く投資対効果を見る経営へと舵を切ったのは商社です。繊維や鉄鋼、鉱山事業といった赤字型ビジネスが増えており、余剰の在庫を抱え、なおかつ多額の設備投資をしているのに、P/Lだけを眺めていると予算は達成されている構図がありました。しかし、このままでは未来が暗いことに気づいたのです。
岩佐 明確な課題意識があったということですね。
櫻田 そうです。事業整理のための大義名分が必要で、それは客観的なデータであり、正確な数字だったのです。B/SとP/Lの投資対効果を見るROAなどのKPIを採用し、不採算事業のカットと成長事業への投資に本気で取り組みましたよね。市場でアジア諸国に後れを取り、変わらなければいけない状態にあったからこそです。
岩佐 これが日本のROIC経営の元祖だと言えそうですね。
櫻田 商社のほかにも、カンパニー制を敷く企業は事業ごとに責任を取る人が明確になっていて成績がはっきり見えます。しかし決算開示で事業別の内訳を出している程度では、本当に事業別の優先順位をつけられているのかは、わかりませんね。
ROICを目的によって使い分ける姿勢が重要
岩佐 「絶対」ではない、ROICを導入する本質的な意味とはなんでしょうか?
櫻田 ROICは、事業の中長期のパフォーマンスを測定するには適していますし、IRの視点からは資本効率を示す指標として投資家の判断材料になります。ただし、成長のため、価値向上のために社内での事業活動や業務の検証・検討にどのようなKPIが必要なのかは、また別問題です。
岩佐 外部と内部とで使い分けるという意味ですね。
櫻田 いわば「バイリンガル」な考え方が重要だと思います。外部、つまりグローバルには外国語としてのROICを用いながら、社内では母国語を扱うように自社に適したKPIを展開すればよいのです。
興味深い例がAmazonです。彼らは長らくフリーキャッシュフローしか見ていませんでした。これは将来、フリーキャッシュフローの現在価値の総和が企業価値、つまり株価となるからです。フリーキャッシュフローが将来大きくなる対象にしか投資してきませんでした。ある意味で非常に優れた経営判断だと思います。
岩佐 アバントでも顧客に対して、ROICを採用する場合も今までのやり方を捨てる必要はないと説明することが多いです。
櫻田 ROICに固執せず、自分たちが何を見ればいいかを考えることが重要です。ROICは有効なツールですが、それを事業活動や経営意思決定にいかに繋げるかが本質だと考えます。
まとめ-企業経営の原点と本質を考える
岩佐 これからROIC経営に取り組む企業へメッセージをお願いします。
櫻田 ROICツリー作りを目的とせず、中長期で自分たちの価値を高めるという本質において、企業の財務指標を預かる立場の経営者たちが、何をKPIとし、どのように観察したらよいかを自社で正しく定義し直すべきだと考えます。
岩佐 具体的にどのようなアプローチが有効でしょうか?
櫻田 ROICで展開した指標をいかに事業活動、業務、そしてそのための経営意思決定に繋がるように落とし込むかが大切です。ROICは優れた経営ツールですが、それを自社の実情に合わせてどう活用するか。誰よりも自社のことを知る経営者が、考えを持ち寄って決めることが重要です。
次回は、ROIC経営を実践する上で立ちはだかるさまざまな壁について議論します。配賦問題、組織・人事制度の課題、CFO組織に求められる変革など、実務の最前線で見えてきた課題と解決策を詳しくお聞きします。
【対談】ROIC経営を支える組織づくり – CFO機能とFP&Aの実践的課題と解決策
第1回:ROIC経営の本質は企業価値の向上
第2回:組織・人事・システム…実務上の壁の存在と乗り越え方
第3回:成功への道筋 – 投資管理とシステム基盤の重要性

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