【専門家に聞く】コーポレートガバナンス・コードにおける経営層の役割とは?

企業が持続的に成長し、資本市場や社会からの信頼を確保していく上で、経営の透明性や説明責任の強化は欠かせません。コーポレートガバナンス・コードは、こうした観点から日本企業の活力を取り戻すための具体的な施策として策定されたもので、多くの企業がこれを指針として、経営の転換を図っています。
そこで今回は、コーポレートガバナンス・コードについて、その作成にも関わった弁護士の谷口達哉(たにぐち たつや)氏にインタビューを実施。
コーポレートガバナンス・コードにおける経営層の役割や、経営者が把握すべき経営指標と投資家の視点の他、コーポレートガバナンス・コード実践の具体的なアクションについて解説していただきます。
谷口 達哉氏

弁護士、TMI総合法律事務所勤務
2012年~2015年と2022年~2024年の二度にわたり金融庁に出向し、TOB制度の改正やコーポレートガバナンス・コードの策定等に携わる。弁護士として、上場会社のM&Aやコーポレートガバナンスを多く担当。主な著書として『実務問答金商法』(2022年、商事法務)『コーポレートガバナンスの法務と実務 会社法・コード・善管注意義務・開示』(2024年、商事法務)。
コーポレートガバナンス・コードとは?
2015年に、金融庁と東京証券取引所によって策定されたコーポレートガバナンス・コード。これは、上場企業に求められるガバナンスの基本原則をまとめたもので、2021年に最新版に改訂されました。では、そもそもコーポレートガバナンス・コードは何を目的とし、どのような背景で生まれたのでしょうか。
谷口氏は、コーポレートガバナンス・コードの役割を次のように説明します。
「さまざまな見解はありますが、最大公約数的に整理すると、コーポレートガバナンスとは、株主が会社の経営陣を監督するための仕組みです。コーポレートガバナンス・コードは、そのために、企業が備えるべき考え方や体制をまとめたものと捉えられます。
他方、コーポレートガバナンス・コードは、株主以外のステークホルダーの重要性にも言及している他、監督という守りの側面よりも、企業価値の向上という攻めの側面を重視している点が、伝統的なコーポレートガバナンスの考え方と比較して特徴的です」
コーポレートガバナンス・コードが制定された背景
コーポレートガバナンス・コードが策定された2015年。当時、日本経済は『失われた20年』と呼ばれる長期停滞からの脱却を模索していました。その中でコーポレートガバナンス・コードは、当時の安倍政権の経済政策『アベノミクス』の成長戦略の一環として位置付けられています。
谷口氏は、制定の経緯についてこう語ります。
「コーポレートガバナンス・コード制定の背景には、日本型経営の特徴であったメインバンク制の崩壊がありました。つまり、これまで銀行が担っていたガバナンス機能が失われた後、企業の経営監督を誰が担うのかという課題が生まれたのです」
そのような状況下で、政府はガバナンスの新たな担い手として、株主に注目しました。
「株主は、企業のリスクテイクや成長を歓迎する傾向があります。だからこそ、株主の視点を強めることで、企業にもより大胆なリスクテイクと成長志向の経営を促したい。そうした意図が、政府にあったのだと思います」
コーポレートガバナンス・コードの基本原則
コーポレートガバナンス・コードは、企業の成長という観点から株主との関係を重視し、株主の視点を経営に取り入れるというのが基本的な考え方です。
谷口氏は次のように説明します。
「株主の視点ということで昨今話題になっている資本コストですが、これはROIC(投下資本利益率)やROE(自己資本利益率)といった資本効率の指標であり、限られた資本でどれだけ効率良く収益を上げているかを示すものです。その視点は、コーポレートガバナンス・コードにも取り入られています」
ただし、コーポレートガバナンス・コードでは、一定の数値目標を示して『この数値を達成せよ』といった硬直的なルールが示されているわけではありません。
「コーポレートガバナンス・コードは、『資本コストを意識しましょう』という考え方を促すにとどまっています。また、株主だけでなく、従業員や顧客、地域社会といった他のステークホルダーにも配慮するよう求められています」
さらに、運用の基本スタンスとして『Comply or Explain(遵守するか、遵守しないなら理由を説明する)』という柔軟な対応原則が設けられています。
「経営の指標には絶対的な正解があるわけではなく、企業ごとに最適な対応を選び、必要に応じて説明責任を果たす。その上で、株主との対話によってガバナンスの在り方を深めていくという姿勢が、コーポレートガバナンス・コードの根底にある思想です」
※コーポレートガバナンスについては下記をご参照ください。
コーポレートガバナンスとは?概要や目的、強化する方法を解説
コーポレートガバナンス・コードにおける経営層の役割
コーポレートガバナンス・コードにおいて、経営層にはどのような役割が求められているのでしょうか。谷口氏はまず、株式会社の根本的な仕組みに立ち返って考える必要があると指摘します。
「株式会社は株主のものである、とよく言われます。一方、従来の日本企業では、『株主が軽視されてきたのではないか』という問題意識がありました。だからこそ、経営層は株主の信頼を得るために、コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、実効性あるガバナンスを実践していく必要があるのです」
もっとも、経営層にとっては、コーポレートガバナンス・コードが負担に感じられる側面もあるといいます。
「正直、経営層にとってコーポレートガバナンス・コードは、足かせのように思える部分もあるでしょう。しかし、直接的なメリットがないように見えても、株主の信頼を得ることで、有事の際に違いが出てくることがあります。
例えば、敵対的買収や株主提案があったとき、信頼関係を築いている株主が味方になってくれるかどうかに違いが出ます」
形骸化を防ぐ魂の伝道者となる
コーポレートガバナンス・コードは、多くの上場企業で取り組みが進んでいますが、形骸化への懸念も根強く存在しています。
谷口氏は、コーポレートガバナンス・コードの実効性こそが今の最大の課題だと強調します。
「コーポレートガバナンス・コードの策定当初から、形式的な対応にとどまってしまう懸念は指摘されていました。実際、現在でも最も大きな課題は、形骸化だと認識しています。この問題を防ぐには、何よりも“ガバナンスの魂”を経営層が理解することが大切です」
では、“ガバナンスの魂”とは何でしょうか。
「つまり、『なぜガバナンスが必要なのか』『どんな期待が込められているのか』を、経営層をはじめとする関係者全員が腹落ちして理解すること。形骸化という懸念に対して、特効薬はありません。自分事として課題を捉え、意識し続けること。そうして時間をかけて、文化として定着させていくしかありません」
価値観を変革して文化を作る、継続の旗振り役となる
ガバナンス改革が本当に根付くには、文化的・世代的な変化を伴う必要があります。谷口氏は、過去10年の変化を振り返りつつ、今後の展望をこう語ります。
「私が金融庁にいた2015年当時は、そもそも『コーポレートガバナンス』という言葉自体、世の中にあまり知られていませんでした。ですが、そこから10年が過ぎた現在、ガバナンスを理解している世代の経営者が少しずつ増えています。意識や文化の変化は一朝一夕でなせるものではありませんが、確実に前進しているのを感じます」
特に、日本企業に根付いていた『バンキングガバナンス(銀行主導型ガバナンス)』から、『エクイティガバナンス(株主主導型ガバナンス)』への移行は、簡単ではないといいます。
「だからこそ重要なのは、ガバナンスを企業文化として根付かせていくための動きを止めないことです。ガバナンスは大事だと発信し続け、行動し続けること。それによって少しずつではありますが、企業の中に『株主を意識した経営』という価値観が浸透していくのだと考えています」
経営者が把握すべき経営指標と投資家の視点
株式会社の経営には、唯一の正解はありません。どの経営指標を重視するか、どのような戦略を選ぶかは、あくまで経営者自身が主体的に決めていくべき問題です。
しかし、谷口氏は、コーポレートガバナンス・コードの基本にある『株主による規律』という考え方を踏まえると、経営層は少なくとも株主の声に敏感であるべきだと指摘します。
「経営層と株主の考え方が最もずれるのは、ROEやROICといった資本効率の捉え方でしょう。
コーポレートガバナンス・コードは、資本コストを意識すべきとはされていますが、数値目標の提示や資本効率の絶対視までは求めていません。それは、経営者が株主だけでなく、従業員や取引先、銀行など、多様なステークホルダーとバランスをとる、難しい立場にあるからです」
資本効率ばかりを追い求めれば、短期的な成果に偏り、他のステークホルダーに負担を強いるリスクもあります。経営層は、そのバランスを適切に取りながら、株主の視点も組み込む柔軟な姿勢が求められます。
コーポレートガバナンス・コード実践の具体的なアクション
コーポレートガバナンス・コードを実践するにあたり「何から始めたら良いのか分からない」という経営者も多いでしょう。この疑問に対しての具体的なアクションについて、谷口氏は次の二つを挙げています。
キャッシュアロケーションの策定と情報開示
コーポレートガバナンス・コード実践への第一のアクションは、『キャッシュアロケーションの策定と開示』だと話す谷口氏。
「キャッシュアロケーションとは、手元資金と今後得られるキャッシュをどのように使うかを示す計画のことです。これにより、『この資金は本当に必要なのか?』という問い直しが自然に行われ、過剰な留保を見直すきっかけにもなるでしょう」
キャッシュアロケーションの開示を通じて株主に資本活用の方針を示すことは、資本効率の改善に有効なだけでなく、内部留保に対する社会的な批判に対して、明確に説明責任を果たす手段としても有用です。
株主との対話とリテラシーの向上
コーポレートガバナンス・コード実践のもう一つの柱が、『株主との対話を通じた経営リテラシーの向上』です。
谷口氏は、経営層が自ら学び、株主と向き合う姿勢こそが、ガバナンス改革の基盤になると強調します。
「株主は、『投資家の論理』で動きます。だからこそ、まるで異文化の人と話しているような違和感を覚える経営者も少なくありません。ですが、その意見を真摯に聞き、学ぶつもりで耳を傾けることが、経営判断を磨く上で非常に有益です」
現実には、対話がうまくいかないケースも存在します。近年は減少傾向にありますが、『株主を重視しない経営陣』『関心を持たれず投資家と接点を持てない企業』、さらには『一部のアクティビストによる攻撃的な姿勢』が、対話の障壁になることもあります。
「だからこそ、株主を一括りにしないことが重要です。多様なスタンスの投資家がいることを理解し、それぞれの意見に耳を傾けていく必要があります」
その姿勢は、コーポレートガバナンス・コードの中核にあるComply or Explainという原則にも通じます。
「原則どおりにできないことがあっても、きちんと説明すればいい。正解に従うのではなく、自社の判断と説明責任で納得を得る。その姿勢が、まさにガバナンスの根本です」
日本企業のコーポレートガバナンス強化が市場に与える影響
コーポレートガバナンス・コードの策定、そして企業のガバナンス強化によって、企業や市場にいくつかの変化が見られるようになりました。
谷口氏は「好ましい変化であったかどうかは、歴史の審判に委ねられる部分が大きい」と話しますが、コーポレートガバナンス強化が市場に与える影響について、次のように指摘します。
ガバナンス改革が生んだ最大の成果は、議論の活性化
谷口氏は、その中でも特に注目すべき成果として『議論の活性化』を挙げています。
「ガバナンス改革が進んだことによって、企業のガバナンスに関する話題が、以前よりも格段に表に出るようになったのは大きな成果です。例えば、メディアが企業のガバナンスの問題点を取り上げたり、企業の経営姿勢に対して何らかの指摘がなされたりして、それが議論に発展する機会は明らかに増えました」
もちろん、こうした議論が起こるたびに『日本企業は遅れている』『制度が機能していない』という批判も少なくありません。しかし、谷口氏は議論が生まれていること自体が、前向きな変化だと見ています。
「社会には絶対的な正解は存在しません。だからこそ、問題を認識し、議論を通じて合意を形成し、行動に移すというプロセスそのものが大切です。
これは、民主主義の基本でもあり、ガバナンス改革の本質的な目的でもあります」
制度に従うか、従わないならばその理由を開示し、株主や社会と対話する。その仕組みこそが、企業経営の透明性と信頼性を高める土台になっています。
海外との違いは制度ではなく、前提となる思想にある
日本のコーポレートガバナンス・コードの背景や狙いを考える際に、よく引き合いに出されるのがアメリカのガバナンス制度です。しかし、谷口氏は、「制度の形だけを比較しても意味がない」と指摘します。
「重要なのは、制度を支える考え方の前提です。例えば、アメリカのガバナンス論は、リスクを取りすぎる経営者を制御するという発想が出発点です。しかし、日本では逆にリスクを取らなさすぎるという課題があります」
これは、かつての日本企業が依存していた、バンキングガバナンスに由来しています。銀行への返済を最優先する構造の中で、企業は安定性を重視し、成長よりも保守的な経営を志向してきました。
一方でアメリカは、株主がアップサイド(利益の増加)を好む文化的背景もあり、積極的なリスクテイクを評価する傾向が強いマーケットです。この違いが、ガバナンス制度の設計や運用にも、色濃く表れています。
「日本のコーポレートガバナンス・コードは、失われた20年を背景に、企業にもっと成長してもらおうという、攻めのガバナンスを目的に設計された面があります。これはむしろ、アメリカの伝統的なガバナンス論とは逆方向なんです」
単純比較でなく、ビジネス文化の違いを理解することが重要
ガバナンス制度をめぐる国際比較では、M&Aに対する受け止め方の違いも象徴的です。
「アメリカでは、会社を高値で売却できた経営者が、株主のために良い仕事をしたと賞賛されることがあると聞いたことがあります。しかし、日本では買収されること自体に、ネガティブな印象が残る傾向が強い。これは、終身雇用などの雇用慣行にも関係しているのかもしれません」
このような文化や価値観の違いを無視して、日本と海外のガバナンス制度を単純に比べることはできません。谷口氏も、「ガバナンスが遅れているから日本企業が成長できないというのは短絡的すぎる」と警鐘を鳴らします。
「日本企業はアメリカほどの成長性はないかもしれませんが、代わりに安定性の高さという強みがあります。重要なのは、制度や仕組みそのものよりも、それを支える考え方の違いを理解した上で、自社に合ったガバナンスを設計していくことです」
日本企業に求められるのは、すり合わせる姿勢と動きを止めない意思
コーポレートガバナンス・コードの策定と、それに伴う企業のガバナンス強化は、日本企業や市場に確かな変化をもたらしてきました。グローバルな経済環境がめまぐるしく変化する中で、コーポレートガバナンス・コードは、ますます重要性を増していくと考えられます。
その中で谷口氏は、「ガバナンスや経営に絶対的な正解はない」と繰り返し強調します。
そもそも、コーポレートガバナンス・コードは、『企業にもっとリスクを取り、成長を重視した経営に転じてほしい』という期待の下に策定されました。しかし、企業価値の向上という抽象的な目的が先行することで、経営にかえって歪みが生じる場面も見られるようになっています。
そのため、谷口氏はより現実的なアプローチとして、『投資家が安心して投資できる環境づくり』こそが、ガバナンスの本質であると説きます。投資家だけでなく、従業員、取引先、地域社会など、多様なステークホルダーの声に耳を傾け、丁寧にバランスをとりながら経営判断を行うことが、経営者に求められる姿勢です。
コーポレートガバナンス・コードのComply or Explainという考え方は、まさに正解を押しつけるのではなく、議論と説明を通じて納得解を導く姿勢を促しています。
経営と投資家の価値観の違いを理解し、そのすり合わせを通じて信頼を築くこと。それこそが、これからの日本企業が歩むべき道なのではないでしょうか。
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