【専門家に聞く】FP&A組織に踏み切れない日本企業(後編)導入ステップを解説

FP&A(Financial Planning & Analysis)は、財務データおよび業務データを分析し、経営の意思決定を支援する重要な役割を担う業務です。また、こうした業務を担当する部門の名称、および経営管理業務を担う職業人(プロフェッショナル)の名称としても使われます。
グローバル企業において、FP&A組織は経営管理のプロセスを本社と事業部の両方で設計し、運営する部門として不可欠な存在です。一方、日本企業では従来、本社経営企画部門や事業部事業企画部門が類似業務を担当していたこともあり、独立したFP&A組織の設置は進んでいませんでした。
しかし、過去10年間において状況は変わりつつあります。資本市場からの圧力の高まり、コーポレートガバナンス・コードや伊藤レポート、東京証券取引所による資本コストを意識した経営の要請を受け、日本企業でもFP&A組織の導入が本格化しつつあります。
そこで今回は、FP&Aの専門家である石橋善一郎(いしばし・ぜんいちろう)氏にインタビューを実施。後編となる本記事では、FP&Aの導入ステップや求められるスキルセットなどについて伺いました。
※インタビュー前編も併せてお読みください。
【専門家に聞く】FP&A組織に踏み切れない日本企業(前編)導入が遅れた理由を解説
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石橋 善一郎氏

千葉商科大学大学院 会計ファイナンス研究科 教授
一般社団法人日本CFO協会 FP&Aプログラム運営委員会 委員長
米国管理会計士協会(IMA) 日本支部 President
2025年度、三つの会計大学院および三つの経営大学院でFP&A関連科目を10科目教える。富士通、インテル、D&M Holdings、日本トイザらスなどで、FP&AプロフェッショナルおよびCFOとして40年以上の実務経験を有する。2024年に『最先端の経営管理を実践するFP&Aハンドブック』(中央経済社、単著)を出版。FP&Aプロフェッショナルとしてのキャリアに関するインタビュー記事(※)において、「FP&Aとは何か」に関する持論を展開している。
(※) https://vu-p.com/column_cat/cfo-since-then
まず何から始める?FP&A組織の導入ステップ
FP&A組織を導入するにあたり、まずはどのようなステップを踏むべきなのでしょうか。石橋氏は、まずマインドセットを変えることが重要だと指摘します。「FP&A組織の導入に成功するための最初のステップは、CFO自身がCFO組織のビジョンを明確に認識し、それを従業員に伝えることです。
CFOは現場のマインドセットを変えていくリーダーシップを発揮する必要があります。
海外におけるFP&Aのプロフェッショナルの団体の手引書では、CFOのリーダーシップの重要性が強調されています。CFO自身がCFO組織のビジョンを語り、社長や取締役会の承認を得ることが不可欠です。CFOは社長・CEOと協力し、取締役会からCFO組織のビジョンやFP&A組織の立ち上げへの賛同を得た上で、トップダウンで事業部長にFP&A組織の立ち上げを支援するように要請することが求められます。
FP&A組織は単なる財務管理の枠を越え、経営戦略の実行と形成に直結する組織です。したがって、社長を含めた経営陣がCFO組織とFP&A組織の役割を深く理解することが、成功のカギとなります。実際、グローバル企業では、CFOが社長に昇格するケースも多く、CFO組織と経営そのものが密接に関わっています」
続いて、二つ目のステップとして、FP&Aプロセスの意義と目的を全社に伝えることを挙げています。
「次のステップは、経営管理の仕組みであるFP&Aプロセスの意味と目的を全社に理解させることです。
企業価値は、各事業部門が生み出す『事業価値』の総和であり、事業価値とは『事業部が将来生み出すキャッシュフローの現在価値』を指します。FP&A組織が果たす役割は、本社と事業部のFP&A組織が連携し、FP&Aプロセスを設計・運営することで、事業価値の向上を図ることにあります。そして、事業価値を上げることが、最終的に企業価値の向上につながることを理解してもらうのが大切です」
その上で、組織文化の変革も必要だと石橋氏は指摘します。
「従来の日本企業はリスクをとることをおそれ、過去の経験や成功体験に固執する傾向がありました。経営管理の仕組みを新たに設計し、運営することを継続するには、変化をおそれずに挑戦する文化を醸成することが求められます」
さらに、FP&A部門を機能させるためには、人材育成も重要なステップだといいます。
「社内で育成していては時間がかかるため、導入当初は外資系企業のCFO経験者を本社FP&AにおいてCFOの片腕として迎えるなど、外部人材の登用も選択肢となるでしょう。また、事業への深い理解を有する事業企画部門の方に、事業部FP&Aの役割を兼務でお願いすることも選択肢になります。
しかし、外部人材に頼るだけでは長期的な成長は望めません。そこで、若手社員を育成し、事業部門で経験を積ませ、本社FP&A組織に異動させるというローテーションの仕組みの構築が必要です。例えば、事業部で3年、5年と経験を積み、成長した人材を本社のFP&Aに登用。さらに、事業部に戻して、事業部長に登用するといった仕組みです」
また、デジタル技術の活用も欠かせません。
「ITツールやシステムなどのテクノロジーの活用や、データ(財務データだけでなく、業務データを含む)の整備も有効です。FP&A組織の導入に併せて検討するといいでしょう。経営管理ツールを活用することで、データ分析の効率化や高度化が図れます。これにより、より精度の高い予測や分析が可能となり、意思決定の質が向上します」
なお、FP&Aプロセスのベストプラクティスについては、前編で紹介した石橋氏の著書『最先端の経営管理を実践するFP&Aハンドブック』でも詳しく解説されています。また、米国管理会計士協会(IMA : Institute of Management Accountants)が作成した日本語版『FP&Aプロセスの12の原則』も参考になるでしょう。
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FP&A組織を担う人材に求められる五つのスキル
FP&A組織を担う人材を育成するにあたり、具体的にどのようなスキルが必要なのでしょうか。石橋氏は、大きく五つのスキルを挙げます。
「FP&A組織を担う人材に必要なスキルの一つ目は『事業を理解する能力』です。FP&A組織は各事業部と連携しながら、事業戦略を実行する役割を担うため、企業のビジネスモデルや市場環境、事業戦略を深く理解することが求められます。
二つ目は『事業部門の担当者と良好な仕事上の関係を構築する能力』です。FP&A組織は、事業部において営業担当者や工場の製造担当者、研究開発部門のエンジニアなどさまざまな部門と連携するポジションです。スムーズに意思疎通を図り、協力体制を築くスキルが不可欠です。
三つ目は『事業部門の業務を理解する能力』です。所属する各部門の業務プロセスやKPIを把握することで、より的確な財務分析と提案が可能になります。
四つ目は、自身が分析や予測したデータをしっかりと伝えられる『コミュニケーション能力』で、最初の三つのスキルを構築する基盤となる能力です。コミュニケーション能力には、『人の話を聞くスキル』と『人に影響力を行使するスキル』が含まれており、何が重要かを見極めるクリティカル・シンキングのスキルがその基盤になります。
五つ目としては、『会計とファイナンスの能力』が挙げられます。会計とファイナンスの能力は、FP&A組織を担う人材にとってのハード・スキルであり、事業部門の人々が提供できない高度な分析や予測を行うために必要な能力です」
これらの五つのスキルのうち、五つ目の会計やファイナンスの能力以外のスキルは、事業会社で活躍する優秀なビジネスパーソンに共通するものです。そのため、まずは事業部門で経験を積んでもらうことが、FP&Aの人材育成において重要だといいます。
「グローバル企業におけるFP&Aを担う人材の一般的なキャリアパスとして、若手のうちに事業部門で経験を積み、その後本社のFP&Aに異動し、CFO候補、CFOへとキャリアを進める流れがあります。さらに、本社のCFOは、将来的に社長になる可能性もあります。
つまり、FP&A組織の導入は単なる財務機能の強化ではなく、将来的なCFOや経営層の育成につながる重要な取り組みです。日本企業においても、こうしたキャリアパスを意識し、FP&Aを経営戦略の一環として導入することが求められます」
また、FP&A人材を育成する仕組みとして、米国管理会計士(U.S.CMA)資格試験がIMAによって実施されていました。以前は英語のみの試験でしたが、2025年6月からは日本語での受検も可能になり、日本企業におけるFP&A人材育成プログラムとしての導入が期待されます。
FP&A組織の導入は長期的な視点で取り組むべき課題
市場からの圧力やコーポレートガバナンス・コードの策定などを受け、日本企業でもFP&A組織の重要性がようやく認識され始めています。しかし、1950年代から70年ものあいだ、体系的な導入が進まなかった背景を踏まえると、「半年で何とかしよう」という短期的なアプローチでは不十分です。
FP&A組織の導入は、長期的な視野を持ち、計画的に推進することが大事だと石橋氏は話します。
「日本企業におけるFP&A組織の導入や運営は、20年をかけて取り組むべき課題だと考えています。そのためには、CFO組織やFP&A組織をどのように機能させるのか、明確なロードマップを描き、必要な人材の確保と育成の仕組みを整える必要があるでしょう。
また、CFOや経営者は定期的に交代するものの、日本企業では従業員が長く勤める傾向があります。そのため、単発の施策ではなく、FP&Aを担う人材に投資しながら組織として持続可能な形でFP&A組織を機能させていくことが重要です」
※インタビュー前編も併せてお読みください。
【専門家に聞く】FP&A組織に踏み切れない日本企業(前編)導入が遅れた理由を解説
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