経産省に聞く DX推進のポイントとは?課題や成功事例を解説

経産省に聞く DX推進のポイントとは?課題や成功事例を解説
今や企業には欠かせない取り組みとして「DX」が求められています。とはいえ、そもそもなぜDXの推進が求められているのか、どうやって進めていけばいいのか分からないという企業も多いかもしれません。
そこで今回は、企業のDX推進に取り組む経済産業省の栗原 涼介(くりはらりょうすけ)氏に、日本企業におけるDX推進の現状やDX推進のポイントについて聞きました。
栗原 涼介氏

経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 課長補佐
新卒にて三井住友銀行に入行し、法人営業として中小企業を担当。その後、グループ証券会社の投資銀行部門に出向し、大手企業に対するM&Aや資金調達支援等に従事。2020年9月、経済産業省に入省し、中小企業庁 経営支援課に配属。新型コロナウイルス感染症における月次支援金等に携わる。その後、経済産業政策局 産業組織課においてコーポレートガバナンスや事業再編関連の政策立案担当を経て、現職に至る
企業経営でDX推進が求められる背景
DX推進の必要性は、2018年に経済産業省が提示した「DXレポート」の中で、「2025年の崖」を克服するためとして言及されました。
2025年の崖とは、DXが実現できないことにより、2025年以降、最大12兆円の経済損失が生じる可能性を指します。特に既存システムが事業部門ごとに構築されており、複雑化・ブラックボックス化している現状などを克服し、市場の変化に対応してビジネスモデルを柔軟に変更する必要性が述べられました。
中でも現在では、業務効率化をはじめとした「守りのDX」から、企業の競争力強化を目指してデジタル技術を活用したビジネスモデルの変革をするなど、「攻めのDX」が求められています。経済産業省の栗原氏はDX推進が求められている背景を、次のように補足します。
「デジタル技術の進化やグローバル化による産業構造の変化が起きている中、企業規模や業種、業界を問わず、競争力を高めて企業価値を向上させるためにも、やはりデジタル技術の活用は欠かせません。中でも、企業経営を行っていく上で、経営戦略やビジネスの在り方そのものにデジタル技術を活用することが不可欠となっています」
DXは、デジタル技術を活用した企業変革のために必要
DXと聞くと、デジタルツールの導入による業務効率化のイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし、栗原氏は「DXとは企業変革そのもの」だと強調します。
「DXは、あくまでもデジタル技術を活用した企業変革そのものです。そのため、業務効率化だけではなく、デジタル技術を活用することで既存ビジネスの成長につなげたり、新規ビジネスを生み出したりすることが目的です。ひいては、企業価値の向上を実現させるというのが、我々、経済産業省が考えるDXの考え方です。デジタルツールの導入など、デジタル技術の活用は目的ではなく、あくまで手段であることを認識して取り組みを進めることが大切です。
とはいえ、まずは最も着手しやすい業務効率化から取り組んでもらい、その後、データ活用して既存ビジネスの見直しや新規事業を生み出すなど『攻めのDX』に取り組んでいただければと思います」
日本企業におけるDX推進の現状
日本企業のDX推進は、アメリカなどと比べてなかなか進まないといわれることもあります。しかし、DXに対する意識は、日本企業においても着実に高まっているそうです。
「大前提として、DXの取組は日本企業全体で見れば着実に進んでいます。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)のDX動向調査によると、年を追うごとにDXに取り組んでいる日本企業が増えていることが示されています。単純比較はできませんが、日本企業のDXは、アメリカと比べて遜色ないぐらいまでに進展していると考えられるでしょう」
■DXの取組状況(経年変化およびアメリカとの比較)

引用:独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2024 進む取組、求められる成果と変革」
しかし、同調査によれば、日本においてDXの取り組みが進んでいる一方、下図のとおり、従業員数100人以下などの中小企業では、大企業に比べて取り組みが進んでいない現状もあるようです。
■従業員規模別のDXの取組状況

引用:独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2024 進む取組、求められる成果と変革」
DX推進の課題は人材と情報の不足
では、なかなかDX推進が進まない要因となっている課題は、何なのでしょうか。栗原氏が特に大きな課題として挙げたのは、人材不足と情報不足の2点です。
「企業のDXは着実に進んできているとはいえ、まだまだ遅れている現状もあり、その課題は大きく2つあります。1つ目は、DXを推進していく人材が不足しているということ。2つ目は、どのようにDXを進めたら良いか分からない、どういった形でデジタル技術を活用すれば良いか分からないという、いわゆる情報不足です」
DXによる企業価値向上のための取り組みをまとめたデジタルガバナンス・コード
経済産業省では、企業のDX推進を後押しするためにさまざまな施策を行っています。その一つが、経営者がDXによる企業価値の向上のために実践すべき事柄を取りまとめたものとして2018年に公表された「デジタルガバナンス・コード」です。
DX推進を行うことが企業価値向上につながる
人材不足と情報不足という2つの課題に対応してさらなるDX推進を促すため、経済産業省では2024年9月に改訂を行い、「デジタルガバナンス・コード3.0 ~DX経営による企業価値向上に向けて~」を発表。あらためてDX推進の取り組みの全体像を整理し、企業価値向上に向けて企業がどのような取り組みを行うべきかを提示しました。
「我々はデジタルガバナンス・コードの改訂に伴い、DX経営に求められる3つの視点と5つの柱を整理しました。この全体像に沿って、DX推進を行うことが企業価値の向上につながると考えています。全体像の中で、ステークホルダーとの対話を取り入れているのも特徴です。
DX推進では、第三者的目線も求められます。そのために企業は、株主や取引先のお客様、顧客なども含めて対話を行うことで、外から見て自社のどこが弱いのかを客観的に把握でき、見直しにつながります」
■デジタルガバナンス・コードの全体像

引用:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0 ~DX経営による企業価値向上に向けて~」
デジタルガバナンス・コードなどのDXに関連する経済産業省の政策を活用することで、DX推進のための情報を得ることができるでしょう。
DX推進のための人材不足に対する対策とは?
デジタル人材の不足は、現代の企業が抱える課題の一つです。そのため、経済産業省では、DX推進を促すための具体的な取り組みとして、「人材政策にも注力している」と栗原氏は話します。
「人材政策としては、大きくデジタル人材のトップ層を引き上げることと、ボリューム層をデジタル人材に近づけるという2軸で行っています。トップ層を引き上げるという観点では、『未踏事業』として産業界や学界のトップランナーが才能のある人材を発掘し、育成するためのプロジェクト指導を実施しています」
また、ボリューム層をデジタル人材に近づける観点としては、大きく3つの軸で展開しているそうです。
■デジタル人材のボリューム層に対する育成施策

「ボリューム層に向けた施策は大きく3つの軸がありますが、その一つがスキルの可視化です。例えば、DX時代に必要な人材像、知識やスキルをまとめた指針として、『デジタルスキル標準』などを策定しています。
2つ目は、可視化したスキルを身に付けるための教育です。経済産業省では、デジタル人材育成プラットフォームを整備し、『マナビDX』という、デジタルに関する知識や能力を身に付けることができるポータルサイトによる講座提供や、データ付き教材を用いてデジタル技術導入を疑似体験するケーススタディ教育プログラム、地域企業が抱える課題に対し協働して取り組む課題解決型プログラムなども提供しています。
そして3つ目は、スキルを担保するための能力保証と効果測定です。国家試験である、情報処理技術者試験を実施しています。」
経済産業省による「デジタル人材の育成」に関する取り組みの全貌については下記をご参照ください。>>経済産業省「デジタル人材の育成」
DX推進のポイントとは?
では、企業がDX推進を行っていく上で、どのようなポイントを意識すべきなのでしょうか。栗原氏は、次の3つのポイントを意識するといいと話します。
デジタルガバナンス・コードの全体像に沿って進める
DX推進を行う上で、何から始めたらいいか分からないという場合、デジタルガバナンス・コードは企業にとって大きな指針となります。また、企業のビジョンを明確にすることも重要なポイントだそうです。
「デジタルガバナンス・コードの全体像に沿って、DXに取り組んでいただくことで、企業価値の向上を実現させることができると思います。全体像にも記載していますが、そもそも企業としてどうあるべきか、ビジョンが固まっていないとデジタル技術をどのように活用すればいいのかが定まりません。さらに、各企業の現状を明確にし、成果指標を置くことで今何が足りないのか、何ができたのかを振り返ることができます。また、企業のDXの取り組みの進捗に合わせた支援策も行っていますので、併せてご活用いただければと思います」
■企業DX推進施策の全体像

引用:経済産業省「産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進施策について」
デジタル人材を育成、もしくは外部から採用する
DX推進における2つ目のポイントは、人材不足への対策です。
「DX推進においては、取り組みを先導できるデジタル人材が必要になります。社内での人材育成はもちろん、外部からの積極的な採用が必要なケースも考えられます。そのためには、社内の人材の状況を把握し、どのような人材が不足しているか、そのために育成することが必要か、などを検討した上で、新たな人材を確保しやすくなるよう、企業価値を高めるための対策をしていくことが大切ではないでしょうか。
また、社内における人材育成については、経済産業省がまとめている『デジタル人材の育成』を参考にしていただければと思います。さらに、DX支援に取り組む外部会社と連携を図り、アドバイスを得るといった方法もあるでしょう」
経営陣のコミットがDX推進に欠かせない
最後にポイントとして挙げられたのは、経営陣のコミットです。DX推進には、経営陣のコミットが欠かせないと栗原氏は言います。
「DXは、デジタル技術を活用した企業変革ですので、全社的な取り組みとなります。中長期的な投資を強化しながら、全社的に取り組みを進めていくためには、やはり経営陣のコミットが欠かせません。現場からのボトムアップもDX推進には必要ですが、その際も経営陣の理解を得ていくことは必要不可欠です。デジタルガバナンス・コードも、まずは経営陣の方に読んで理解していただき、その内容を現場に落とし込みながらDXを進めてほしいと考えています」
DX推進の成功事例
企業でのDX推進をより具体的にイメージするために、成功事例も知っておきたいところではないでしょうか。好事例として栗原氏は、2つの企業の取り組み例を挙げてくれました。
株式会社アシックス
DX推進に取り組む企業例として栗原氏が挙げた一つは、株式会社アシックスです。同社は、DXの優れた取り組みを行った上場企業を選出する「DX銘柄2024」において、特に優れた企業としてDXグランプリ2024に選定されました。
「株式会社アシックスは、全社的にデジタルを活用することに熱心に取り組んでいる企業です。グローバルでシステムを統合することから始め、並行してデジタル技術を活用することでパーソナライズやデータ分析を進めるなど、デジタルマーケティングを強化し、ECサイトからの売上を伸ばすとともに、デジタル技術を活用した新事業にも取り組んでいます。結果として、株価も大きく伸長しており、企業価値向上につながった好事例だと捉えています」
株式会社アシックスのDXに関する取り組みについては下記をご参照ください。
浜松倉庫株式会社
次に栗原氏が挙げたのは、浜松倉庫株式会社です。同社は、DX優良事例として中堅・中小企業等のモデルケースに選ばれる、「DXセレクション(中堅・中小企業等のDX優良事例選定)」のグランプリに選定されました。
「浜松市にあり、倉庫業を営む浜松倉庫株式会社は、事業を通じて地域貢献したいという思いから、20年かけて女性採用の強化や業務改革、労務改革、子育て応援などに取り組んできた企業です。中でも注目すべきは、2015年から10年後のあるべき姿を検討し、デジタル技術を活用した社内業務の徹底した見直しや基幹システムの刷新などを進めると同時に、新技術の導入にも積極的に取り組んできたことです。その結果、大きく業務を改善させるとともに、顧客との関係性を向上させ、生産性30%向上や営業利益率4.5%向上を達成されました。
同社の事例は、企業規模にかかわらず、DXの取り組みにより大きく企業価値を伸ばせることがよく分かる好事例と考えています」
浜松倉庫株式会社のDXに関する取り組みについては下記をご参照ください。
経営陣のコミットを前提に、デジタルガバナンス・コードに沿ったDX推進を
日本企業のDX推進は進んできているものの、まだまだ「人材不足」と「情報不足」が大きな課題だといえます。しかし、企業規模にかかわらず、中長期的な成長のために、DX推進は必要不可欠な取り組みです。そして、DX推進を図るには、経営陣の関与が欠かせません。
経営陣が企業のビジョンを明確にした上で、「デジタルガバナンス・コード」に記載された全体像に沿って取り組みを進めていくのが良いでしょう。