【同志社大学大学院 野瀬教授が解説】ROICを経営戦略の羅針盤に!企業がとるべき打ち手【第1回】現場を動かす「ROICツリー」の分解と活用
本シリーズでは、ROICを現場の改善活動や経営戦略へ具体的に落とし込むための手法について、同志社大学大学院ビジネススクール 野瀬義明教授をセミナー講師にお招きし、お話しいただきました内容を、2回に分けてお伝えいたします。
多くの日本企業で、ROIC経営が中期経営計画の柱として掲げられています。しかし、管理部門が精緻な計算式を作ってROICを算出しても、現場レベルでは「ROICは財務の数字であって、自分たちの業務とは関係ないもの」と受け止められ、結果として掛け声倒れに終わるケースが後を絶ちません。
もちろんROICを計算し、開示するだけで、企業価値を向上できるものではありません。ROICを単なる財務指標で終わらせず、現場の自律的なアクションにつなげ、変容を促すには理解しやすいKPIに置き換える必要があります。
まず第1回は、ROICを因数分解して現場の打ち手を導き出す「ROICツリー」の実践的手法について解説します。
野瀬 義明 氏
同志社大学大学院ビジネス研究科 教授
【経歴】
1997年に大和総研へ入社。主に上場企業への経営コンサルティングと、M&A案件でのビジネスデューディリジェンスに従事。2008 年に大和SMBCキャピタル(現大和企業投資)に転籍。バイアウトファンドの投資担当者として様々な買収案件に参画。2012年からは桃山学院大学経済学部に転じファイナンスを担当。2016年より現職。
ROICが現場に浸透しない理由
ROICの計算式はシンプルです。
経営層や財務部門にとって、この式は資本効率を端的に示すものですが、製造現場や営業現場の担当者にとっては、分子の「利益」は理解しやすいものの、分母にある「投下資本」は捉えにくい概念になりがちです。従業員が日々の業務の中で「今、自分は投下資本を増やしている」と意識することは稀でしょう。
現場の関心は、歩留まり、残業時間、在庫の山、売掛金の回収といった具体的な事象に向きがちです。
こうした認識のギャップを埋めるための第一歩が、デュポン・システムに準じた手法を用いた分解です。ROICを収益性(PL)と効率性(BS)の2つの要素に分解する考え方です。
●売上高利益率(収益性): 現場にも馴染み深いPLの世界
●投下資本回転率(効率性): 少ない資産で効率よい売上を追求するBSの世界
ROIC経営の難所は、後者の投下資本回転率(効率性)の概念をいかに現場の改善活動に落とし込むかにあります。
現場の数値を因数分解するROICツリー
ROICを構成要素に分解し、さらにその要素を細分化することで、現場がコントロール可能な指標に到達します。これを体系化したものが、ROICツリーです。
ROICツリーは例えば、以下のように利益サイドと資本サイドの2つに展開できます。
利益サイド(分子)の分解
営業利益を、売上高と総コストに分解します。
●売上高は「単価 × 数量」へ
●コストは売上原価(材料費・労務費)と販管費へ
●さらに材料費は、購入単価 × 使用量(歩留まり)といった現場KPIへ分解されます
資本サイド(分母)の分解
投下資本を運転資本と固定資産に分解します。
●運転資本は売上債権、棚卸資産、仕入債務へ
●棚卸資産はさらに原材料、仕掛品、製品へ
●これらは最終的に在庫回転日数やリードタイムといった、現場が日々追いかけている指標に紐づきます
このように数値を分解することで、現場のリードタイム短縮や歩留まり改善といった取り組みが最終的に全社のROIC向上にどう寄与するかが可視化できます。これが、「現場と経営を繋ぐ」というプロセスです。
事例で見る具体的なROICツリーの使い方
ROICツリーがどのように経営の盲点を突き止めるか、ある民芸品メーカーの事例で考えます。
経営者は「なんとなく会社の資金繰りの流れが悪い」と感じていましたが、PL上の営業利益率は競合他社と同水準でした 。PLを見ている限り、現場に問題は見当たりません。
しかし、ROICツリーを用いて数値を分解していくと、想定していなかった課題が浮き彫りになったのです。
収益性は健全、しかし効率性に異常あり
まずROICを「売上高営業利益率」と「投下資本回転率」に分解し、競合と比較したところ、利益率は互角であるものの、回転率において劣っていることが判明しました 。つまり、稼ぐ力(PL)ではなく、資産の使い方(BS)に改善の余地があったのです。
工場ではなく運転資本が重荷
次に、投下資本回転率を「固定資産回転率」と「運転資本回転日数」に分解しました。
工場の稼働状況(固定資産回転率)は競合と遜色ありません。ところが、運転資本の数値だけが異常に膨らんでいることが明らかになりました 。
真の原因は10年分の在庫
最後に、運転資本を「売上債権」「棚卸資産」「仕入債務」の回転期間にまで分解しました。すると、債権回収や支払サイトは正常でしたが、棚卸資産(在庫)だけが突出しており、計算上なんと10年分もの在庫を抱えていることが発覚したのです 。
この事実から、経営者が打つべき手は営業部に売上増を厳命することでも製造コストを削ることでもなく、滞留在庫の処分と適正化であると明確になりました。
このように漠然とした経営の不調を因数分解し、在庫削減といった現場が即座に着手できる具体的アクションまで落とし込める点こそ、ROICツリーの最大の効用です。
感度分析で打つべき手の優先順位を決める
ROICツリーを作ることには、1.診断と2.感度分析(シミュレーション)という2つの効用があります。
1. 診断機能
自社の数値をROICツリーに入力し、競合他社や自社の過去データと比較します。その結果、先述の例のように「利益率は同業並みだが、在庫回転率が極端に悪い」といったボトルネックが一目瞭然になります。
経営サイドは「ROICを高めなさい」と抽象的な指示をだすのではなく、「弱点である在庫回転率を改善してほしい」と具体的な要望を出すことが可能になります。
2. 感度分析
さらに重要なのは、どの要素を改善すればROICが最も向上するかを見極める「感度分析」です。
●A案: 在庫を10%削減する
●B案: 売上単価を1%上げる
どちらがROICへのインパクトが大きいと考えられるでしょうか。答えは、企業の業種・業態(ビジネスモデル)によって異なります。
一般に、薄利多売のビジネスは、回転率(在庫削減など)の感度が高くなりやすく、高付加価値ビジネスであれば利益率(単価など)の感度が高くなる傾向があります。
あらゆる施策を満遍なく取り組むことは、限られたリソースの分散や浪費につながりかねません。自社のモデルにおいてROIC感度が最も高い要因を特定し、それを重点KPIとして現場目標に設定することが、戦略的なROIC経営の実践だと言えます。
まとめ
ROIC経営を組織全体に浸透させるためには、財務指標として押し付けるのではなく、現場が理解し行動できる具体的な要素へ置き換えることが重要です。
「ROICツリー」を活用することで、従来のPL(収益性)の視点にとどまらず、BS(効率性)の改善ポイントまでも現場レベルで具体的に特定できるようになります。
さらに、感度分析を通じて自社のROIC向上に最も寄与する要素を見極め、そこにリソースを集中させることは、実効性のあるROIC経営への近道にもなるのです。
次回は、視座を経営層へ移し、改善した各事業をどのように評価し、資源配分を行うべきか。「バリューマップ」を用いた事業ポートフォリオ戦略について解説します。
【同志社大学大学院 野瀬教授が解説】ROICを経営戦略の羅針盤に!企業がとるべき打ち手【第2回】企業価値を可視化する「バリューマップ」
ROICツリーの展開や感度分析を精緻に行うためには、事業別・製品別の粒度の細かいデータ収集と、PL/BSの紐づけが正確に行われていることが前提となります。
グループ経営管理システム「AVANT Cruise」 は、各事業・子会社のデータを一元的に収集・統合し、実効性の高いROICモニタリング基盤を構築します。Excelによるバケツリレーから脱却し、シミュレーション可能な経営管理を実現したい方は、ぜひ製品情報をご覧ください。
経営管理において必要な財務・非財務情報を収集・統合し、多軸分析を行えるクラウドサービスです。1,200社超の支援実績から生み出された経営管理機能を持ち、データを収集する入力画面や、 90 種類の経営会議レポート・分析帳票などを標準搭載。設定のみで利用できます。
