現場に浸透するROIC経営実践ガイド【第13回】事業別BSの精度を高める「資産の切り分け」と「投下資本の3つの計算方法」
本シリーズでは、ROIC経営を成功に導くための実践的な方法を解説しています。
前回は、ROIC算出に大きな影響を与える利益の取り扱いについて、「NOPAT」とは何か、なぜROIC経営において重要なのか、そして事業別PL(損益計算書)を作成する上での実務的な論点をご紹介しました。
現場に浸透するROIC経営実践ガイド【第12回】ROIC経営でPLの「NOPAT」が重要となる理由
事業別BSを正確に作成することは、多くの企業が直面する難しい課題であり、その精度はROIC全体の信頼性を大きく左右します。
シリーズ最終回となる本記事では、事業別BS作成のポイントと、投下資本をいつの時点の数字で見るべきかという論点を解説します。
シリーズ全体の総括として、ROICという指標を真に経営に活かすための本質的な考え方についてもメッセージをお届けします。
事業別BS作成の壁|資産の切り分けとノイズ除去
全社のBS(貸借対照表)を単純に事業部の売上比などで按分しても、事業ごとの投下資本を正しく表すことはできません。これは全社のBSに特定の事業活動とは直接関係のない資産や、複数の事業が共同で利用している資産が含まれているためです。
高精度な事業別BSを作成するには、事業に関連する資産とそれ以外で切り分け、「ノイズ」となる資産を除外する作業が不可欠です。
論点1|非事業資産の除外:ノイズを取り除く
保有資産の中には、特定事業のキャッシュフロー創出に貢献していないものが存在します。
政策保有株式や遊休不動産、事業活動とは直接関係のない借入金などが該当します。これらはROICを計算する上ではノイズとなるため、投下資本から除外しなくてはなりません。
重要な判断基準は、会計上の科目名ではなく「その資産が事業に関わる取引から生じたものか」という実態です。
論点2|共通利用資産の配賦:合理的な基準での配賦が必要
本社ビルや工場など、複数の事業部門が共同で利用している資産の扱いも議論が必要です。
親会社が所有する土地の一部をある事業部門がオフィスとして利用している場合、この利用部分は、事業資産として投下資本に含めるべきです。
このように共通資産であっても実態に応じて事業への貢献度を測り、合理的な基準で配賦する工夫が求められます。
投下資本を確認する~期首・期末・期中平均の使い分け~
事業別の投下資本が整理できたら、次に論点となるのが「いつの時点のBSを使うか」です。
ROICの算出期間が1年間だとした場合、投下資本を期初の数字で見るのか、期末なのか、またはその平均値なのかによって、ROICが示す意味合いは変わってきます。
どれが絶対的に正しいというルールはありません。「安定的に見たいなら平均」「成長を重視するなら期首」「現状の評価をしたいなら期末」というように、ROICを何のために算出し、誰が見るのかという目的に合わせて選択することが肝要です。
以下の3つの通り、それぞれの特徴と目的に応じて使い分けることが重要です。
(1)期首投下資本
期初の資本に対して、1年間でどれだけのリターンを生んだかを見る指標です。
事業環境が安定している成熟事業の評価や、長期的な事業計画の達成度を測る際に使われます。
(2)期中平均投下資本(期首と期末の平均)
期間中の平均的な資本効率を示す最も一般的な方法です。季節による資産の増減などを平準化して見ることができます。
投資家向けの説明や、事業間の安定的なパフォーマンス比較に有効です。
(3)期末投下資本
期末時点の資本状態で、どれくらいの効率性があるかをリアルタイムで把握するための指標です。
M&Aを積極的に行う企業や、複数事業を抱えるコングロマリット(複合企業体)が、足元の事業パフォーマンスを評価する際に有効です。
【総括】ROICは経営の羅針盤であり万能薬ではない
本シリーズの締めくくりとして、ROICと向き合う上での最も本質的なメッセージをお伝えします。
データ整備は段階的に進める
ROICの算出には、PLとBSの正確な連動が必要ですが、初期段階で完全なデータ整備を目指すと、プロジェクト自体が頓挫するリスクもあります。まずは実現可能な範囲からスタートし、活用しながら段階的に精度を高めていくことが、長期的な成功への近道です。
目的の明確化と現場目線がすべて
ROICは、数値を出すこと自体が目的ではありません。その数値を使って、現場が何を意識し、どのような意思決定やアクションにつなげるのかが全てです。
投資家向け、経営陣向け、事業部門向け、立場の違いによってそれぞれで見るべきポイントは異なります。その目的とユーザーを明確にすることから始めましょう。
ROICは1つのツールでありその限界を理解する
ROICは資本効率を測る優れた指標ですが、万能ではありません。ROICが高い企業は、短期的には資本効率が高い企業と言えますが、将来にわたって企業価値を高め続ける、長期的にも優れた会社だとは限らないのです。
研究開発のような将来への先行投資や、ブランド価値のような非財務資本は、短期的な価値を重視するROICでは過少評価されるリスクもあります。
まとめ
ROICを絶対的な「評価のモノサシ」として振りかざすのではなく、事業の現状を客観的に理解し、改善に向けた建設的な対話を促すための「共通言語・ツール」として活用する。その姿勢こそが、ROIC経営を成功に導く鍵となります。
本シリーズが、皆様の会社でROIC経営を浸透させ、企業価値向上を実現するための一助となれば幸いです。
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監修
株式会社アバント 東日本営業統括部 東日本第1営業部 鈴木 健一
<経歴>
総合ファームでのシステム監査のキャリアスタートを踏まえ、一般事業会社での連結経営管理・制度連結システムの導入、運用を10年にわたり従事。
アバントに参画後は、プロダクト企画(プロダクト責任者)および導入コンサルタントを経由しマルチ製品を商材として扱うプリセールスグループに所属。日系製造メーカ(組立系、プロセス系)および多角化コングロマリット企業のグループ事業管理のPJTを歴任。
管理と制度を繋ぐAVANTプロダクトおよびEPMプロダクトに知見を有する。
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