現場に浸透するROIC経営実践ガイド【第6回】事業成長につながるキャッシュフロー管理とは?

本シリーズでは、ROIC経営を成功に導くための実践的な方法を解説しています。
第6回となる本記事では、事業成長に重要な「キャッシュフロー管理」に焦点を当てます。
ROIC経営の本質は、事業成長と財務健全性(キャッシュフロー安定性)の両立にあり、そのためには利益(PL)だけでなく、事業活動の血液であるキャッシュフローを適切に管理することが不可欠です。ROIC向上に繋がるキャッシュフロー管理の基本構造を理解し、現場運用で重要な「管理可能性」を踏まえた実践ポイントを解説します。
事業別PL科目の管理体系整備については、下記記事をご覧ください。
【第4回】事業別PL科目の管理体系を整える~4つの主要論点とあるべき構造~
【第5回】事業別PL科目の管理体系を整える~内反消去実務と個別論点~
キャッシュフローの構造理解|3つの区分と管理のポイント
効果的なキャッシュフロー管理を実行するためには、まずキャッシュフロー計算書の基本的な構造を理解することが重要です。
単純に手元のキャッシュが多ければ良いというわけではなく、企業価値を維持しつつキャッシュフローの安定性を保つバランスが重要です。
下図に示すように、企業活動におけるキャッシュの増減は、大きく3つの活動区分に分けて把握されます。

ここで重要なのは、営業キャッシュフローが主にPL情報を起点とするのに対し、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローはBS科目の詳細な増減情報(増減明細や簿価)を必要とする点です。この違いが適切なキャッシュフロー管理、特に後述する事業別キャッシュフロー管理を考える上で非常に重要になります。
1.営業キャッシュフロー
営業キャッシュフローは、本業の事業活動から生み出されたキャッシュの増減を指します。
企業の「稼ぐ力」を直接的に示し、主に当期営業利益を起点に、減価償却費や運転資本(受取債権、棚卸資産、買入債務)の増減を調整して計算されます。
管理のポイントは、事業別PLとの連動性を高め、本業の収益力と運転資本効率を改善することです。
2.財務キャッシュフロー
財務キャッシュフローは、借入金の調達・返済、株式発行、配当金の支払いなど、資金調達や株主還元といった財務活動によるキャッシュの増減を示します。
最適な資本構成や資金繰りの維持が管理のポイントとなります。データ取得には、投資キャッシュフローと同様に、関連勘定科目(長短の貸付金や借入金など)の「増減明細」が必要です。
3.投資キャッシュフロー
投資キャッシュフローは、設備投資やM&Aなど、将来の成長に向けた投資活動によるキャッシュの増減を表します。主な内容は、固定資産の取得・売却などです。
投資の規模、属性(攻め/守り)の確認、効果測定、そして投資プロセス全体のモニタリングなどが管理の重要なポイントです。
データ取得のためには、単なる資産残高ではなく、期中の取得・売却・除却といった「増減明細」、特に売却・除却時の「簿価」情報が必要です。
詳細については本シリーズの「ROIC経営に向けた投資プロセス管理」で解説していますので、あわせてご参照ください。
現場に浸透するROIC経営実践ガイド【第7回】ROIC経営に向けた投資プロセス管理~基本原則と主要論点~(※公開をお待ち下さい)
現場に浸透するROIC経営実践ガイド【第8回】ROIC経営に向けた投資プロセス管理~先進企業の実践事例~(※公開をお待ち下さい)
会社別キャッシュフロー管理の実践手法
連結グループ全体のキャッシュフローを把握した後、各社の状況を見る「会社別のキャッシュフロー管理」について解説します。

会社別キャッシュフローは各社報告値を【単純合算】し、グループ内取引を【連結消去】して集計する方法が一般的です。
データ取得方法は連結グループ全体のキャッシュフローと同様で、営業キャッシュフローは事業別PLから、投資・財務キャッシュフローは各社BSの増減明細から算出します。
会社別キャッシュフローが把握できると、次に「これをどこまで事業別にブレークダウンして管理すべきか?」という論点が生じます。ここで重要になるのが管理可能性です。
事業別キャッシュフロー管理|管理可能性の壁
連結グループ全体のキャッシュフローを把握しても、それを事業別に分解し、各事業のキャッシュフロー創出力や投資効率を評価・管理しようとすると、下図にまとめたような特有の難しさに直面します。

各キャッシュフロー区分について、事業別管理の可否を見ていきます。
事業別営業キャッシュフロー
事業部のPLと密接に関連するため、比較的、事業別まで分解しやすいと言えます。
管理会計上の「事業営業利益」や「EBITDA」といった概念を導入・活用することで、事業レイヤーで納得感のある営業キャッシュフローを算出することも可能です。
事業別財務キャッシュフロー
借入や返済といった財務活動は通常、コーポレートレベルで行われます。ある借入が特定の事業目的によるものだとしても、資金が厳密にその事業だけに紐づくとは限りません。
財務キャッシュフローには事業の色を付けられないため、特段の理由が無い限り、事業別に割り振ることは原則として不可能、または割り振る意義は低いと考えられます。
事業別投資キャッシュフロー
事業別に管理できるかは、管理可能性が最大の鍵です。
「その投資の意思決定を行い、結果責任を負うのが誰か」ということです。事業部長に投資の決定権限と責任があれば、その範囲の投資は事業部のキャッシュフローとして管理すべきでしょう。
全社共通のIT投資や本社ビル建設、大型M&Aなどは本社管理とするのが一般的です。事業部が連結経営においてどの程度の権限・責任を持つかで、投資キャッシュフロー管理の責任分解のポイントは変わります。
データ収集の工夫として、管理可能性に基づいた増減分類を報告フォーマットに予め組み込むことも有効です。
実践的な事業別キャッシュフロー管理とKPI設定のポイント
事業別キャッシュフロー管理の難しさを踏まえ、実務では現実的なアプローチやKPI設定が有効です。
本社と事業部の役割分担とKPI設計
特に財務キャッシュフロー、共通投資キャッシュフローなど、全社キャッシュフローは本社が管理し、事業部は自らが管理可能な範囲にある主に営業キャッシュフローと一部投資キャッシュフローに責任を持つという役割分担が基本です。これに基づきKPIを設定します。
事業部向けKPI2つの工夫
事業部向けKPIには以下2つの工夫も考えられます。
1.簡易キャッシュフロー(近似KPI)の活用
厳密なキャッシュフロー計算書の代わりに、事業部PL情報と管理可能なBS項目から算出できる簡便的なキャッシュフロー指標を用います。
たとえば「事業営業利益+減価償却費 ± 主要運転資本増減 ± 管理可能な設備投資額」などです。
2.ハイブリッドモデルの採用
本社はROIC・連結グループ全体キャッシュフローを、事業部は事業営業利益・事業ROA・簡易キャッシュフローなどをKPIとする組み合わせで、実効性を高めます。
KPI設定3つの留意点
KPI設定には以下の3つの留意が必要です。
1.CCCなどは自社トレンドを重視する
キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)などはビジネスモデル差が大きいため、他社と比較するより自社の経年変化を見るほうが有効です。
2.管理可能性との整合性を意識する
事業部がコントロールできない財務キャッシュフローなどをKPIに含めるべきではありません。あくまで管理が可能な範囲のキャッシュフローのみを選ぶことが大切です。
3.データ構造に依存して参照可能なKPIが決まる
設定可能なKPIは、収集・管理しているデータ(科目体系、増減明細有無等)に依存します。KPIを先に定めて、収集または算出できないデータに頼ると、管理は不可能となります。事前の注意が必要です。
まとめ
ROIC経営の成功には、PLだけでなく広い視点のキャッシュフロー管理も不可欠です。特に、事業成長と財務健全性の両立を支えるキャッシュフローの構造を理解し、管理プロセスに落とし込むことが重要です。
キャッシュフロー区分ごとにデータソース・管理ポイント・事業紐づけ可否は大きく異なります。特に投資・財務キャッシュフローは「増減明細」や「簿価」といった詳細データが必要です。事業別キャッシュフロー管理では「管理可能性」を軸に、現実的なKPI(簡易キャッシュフロー、ハイブリッド)を設定することが有効でしょう。
効果的なキャッシュフロー管理体制にはデータ整備(仕組み)も重要ですが、まずは自社の管理実態に合わせキャッシュフロー概念を整理し、「管理可能性」に基づいた役割分担とKPIを設定することが、ROIC向上に繋がるキャッシュフロー管理の第一歩になります。
次回は投資キャッシュフローの管理手法やモニタリングについて詳しくご紹介します。
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